閑話。 闇は深海潜めし蛸と共に動き出す。
セリスティア達3人が其々の帰路へと向かう同時刻。
セトランド王都のとある裏路地街道、ギルドを出たばかりのガルバルは1人歩きながら、辺りをキョロキョロと見渡してから、頭に王冠を被った黒いタコの紋様が記された民家の扉を4度ノックする。
男の声『………黒蛸4足。』
扉越しから男の声が聴こえ、ガルバルに合言葉を伝える。
ガルバルは周囲をもう一度素早く見回し、低い声で答えた。
ガルバル「……黒蛸4足、闇夜の潮に深く沈む。」
扉の向こうで、かすかな金属音がした。錠が外れる音だ。ゆっくりと扉が開き、薄暗い室内から冷たい空気が流れ出る。
ガルバルは迷わず中へ入り、扉が静かに閉まるのを確認してから、背後で鍵がかかる音を聞いた。
室内は薄暗く、窓は厚い布で塞がれ、蝋燭の灯りだけが揺れている。中央のテーブルには、黒いローブをまとった数人の男達が3人座っていた。
全員、顔の下半分を布で覆い、眼だけが見える。その中でも一番奥に座る男はガルバルに話し掛けた。
奥の男「……報告を聞かせろ。」
ガルバル「へぇ、ギルドにて冒険者パーティーが例のルートを通るとの事、構成は5人全員が女、その内2人は餓鬼、結構な上玉ですぜ。」
奥の男はゆっくりと頷き、蝋燭の炎が彼の瞳に赤く映った。布で覆われた口元は動かないが、声だけが低く響く。
奥の男「……女5人か。しかも2人が子供……。面白い。しかし、セラフィナ・シルバリオのパーティーだろう?」
ガルバルはテーブルに片手をつき、にやりと笑った。
ガルバル「その通りですぜ。あの女剣士がリーダー格で、槍使いと弓使いが後衛。残り2人は白級の新入りだ。1人は橙髪の双剣使いの小娘、もう1人は長い黒髪を結んだ可愛い……名前は確か、セレナとか言ってたな、見た目は華奢だが、眼付きが妙に鋭くてな。……ありゃあ、単なる餓鬼らしい強気な態度だろ。」
奥の男の隣に座っていた、もう1人のローブの男が、ゆっくりと身を乗り出した。声はかすれていて、まるで枯れた葉が擦れるようだった。
奥の男「まあ良い、パーティーで役に立たん餓鬼2人が入った処で変わりは無い、お前は明日。『霧の谷』の最短ルートを使ってから夜、奴等が眠る隙に例の小屋の別同班と合流しろ、依頼先はダナン村から離れた岩山の森だな、其処で俺達が奴等を奇襲する。」
右隣の男「何時も通りに。『冒険者潰し』の名の下に活躍しろよガルバル。」
左隣の男「お前を『紹介人』として雇った以上、失敗は許さんぞ。」
ニヤリと不気味に笑う、ガルバルは薄暗い部屋の中央で、ゆっくりと息を吐いた。蝋燭の炎が揺れ、彼の顔に影を落とす。布で覆われた男達の視線が、針のように突き刺さる。
ガルバル「……へぇ、分かりましたぜ。明日の夜、霧の谷の奥の古い小屋で合流。セラフィナのパーティーが野営してる隙に、奇襲をかける。……女5人、しかもそのうち2人がガキンチョ。簡単に片付く筈ですから。」
奥の男――黒いローブの中心に座る、声の主――はゆっくりと頷いた。覆面の下から、低く抑揚のない声が漏れる。
奥の男「成果を出せ。報酬は約束通り、女1人につき金貨5枚。子供は特別に10枚だ。殺さずに生きて連れて帰れれば、なお上乗せする。」
ガルバルは口元を歪めて笑った。彼の歯が蝋燭の光に白く光る。
ガルバル「へへっ、太っ腹だな。……ま、俺がちゃんと『商品』を傷つけねぇように運ぶよ。」
右隣の男が、かすれた声で付け加えた。
右隣の男「霧の谷は俺たちの縄張りだ。隠し通路の先で待ち伏せする。……お前はただ、奴らを誘導するだけでいい。合図は昨日の通り、『紅い布』を左腕に巻く。見逃すなよ。」
左隣の男が、冷たく笑った。
左隣の男「万が一、セラフィナが気付いて抵抗でもしたら……容赦なく潰せ。銀級とはいえ、女剣士1人くらいなら、俺達の数でどうにでもなる。」
ガルバルは肩をすくめ、ゆっくりと立ち上がった。
ガルバル「……了解だ。じゃあ、明日の夜だな。……楽しみにしてるぜ、闇商会の皆さん方。」
彼は扉の方へ歩き、振り返らずに手を挙げた。扉が開き、冷たい夜風が室内に流れ込む。ガルバルは素早く外へ出て、扉が閉まる音を背に受けながら、裏路地を歩き始めた。
ガルバル{……女5人か。セラフィナの奴、相変わらず面倒くせぇ女だが前々から鬱陶しかったな、口は悪いし、奴隷に堕とせば大人しくなるだろう。……だが、今回は新入りの餓鬼が2人もいる。簡単に潰せるはずだ。……あの黒髪の小娘、妙に落ち着いてやがったけど……ま、所詮は餓鬼は餓鬼だ、直ぐに泣きじゃくるに決まってる。}
裏路地の闇に溶け込むように、ガルバルの足音が遠ざかっていった。
セレナは、セリスティアはまだ知らない、初めての依頼の陰に潜む悪が、新たに迫ろうとしていた。




