悪役令嬢、炎の騎士団の訓練を受ける。
王都の中央街を抜け、騎士団屯所へと続く石畳の道を、私は小走りで駆け抜けた。
自慢の赤髪が背中で揺れ、息が少し上がる。でも、なんだか気持ちが良い。
昨日までの貴族令嬢の身分から解放されたような、自由な感覚が胸に広がっていた。
セリスティア{ふぅ……冒険者登録、完了! これで私も正式に『セレナ・ブラッカリィ』として活動できる。……でも、今日はまず騎士団の初訓練だもんね。クリムゾン団長に遅刻したら、絶対に怒られる……!}
屯所の門が見えてきた。高い石壁に囲まれた広大な敷地。門衛の兵士が私を見つけると、直ぐに敬礼した。
屯所見張りの兵士「お早う御座います、セリスティア様。本日は初訓練日ですね。団長から連絡は受けてます、どうぞ中へ。」
セリスティア「お早う御座います! はい、宜しくお願いします。」
門を潜ると、朝の訓練場には誰1人も騎士団員の姿が見当たらない、確かこの時間帯ではもう訓練が始まってる筈、何かあったのかと考えてると屯所の出入口である扉の前に1人の老騎士が立っていた。
あれ?この人は確か…。昨日、フレイジェル達を連行させた人物の1人よね?もしかして私を待ってる?
すると老騎士は私に気付いたか眼が合った、こんなに距離があるのに、恐らく、この方もクリムゾン団長同様に凄い強さを感じると、老騎士はニコリと微笑みながら、私に向けて手を振った。取り敢えず挨拶に向かおう。
セリスティア「お、お早う御座います!」
屯所前に到着すると同時に、私は老騎士に向かって礼儀正しく挨拶をする。
老騎士「はい、お早う御座います、元気に礼儀正しい挨拶は誠に美しい、とても12歳とは思えません。」
セリスティア「い、いえ、あ、あの…それよりもその、もしかして私、訓練に遅刻を?」
老騎士は笑いながら、私に言った。
老騎士「ハッハッハ、ご安心を、今回この日だけの訓練の時間は1時間だけ遅らせました。私の希望で。」
セリスティア「そ、そう何ですか?」
老騎士「何せ訓練初日です、単に訓練だけ済ませるのは難ですのでね、私が屯所内を御案内を致します、おっと、私とした事がまだ紹介が遅れました。」
老騎士はまるで礼儀作法を磨き極めたかの様に、貴族の紳士らしい挨拶をしながら自己紹介をする。
ライズ「私、セトランド王国軍直属『炎の騎士団』副騎士団長を勤めます、ライズ・P・メテウスと申します、何卒、宜しくお願い致します。」
副騎士団長って、じゃあ、もしかしてこの人が私を炎の騎士団の訓練に参加させてくれたって言う。
セリスティア「こ、此度は私に騎士団の訓練参加をさせてくれて、有難う御座います!!」
ライズ副団長は、私の頭を優しく撫でながら、穏やかな笑みを浮かべた。
その手は、剣を握り続けてきた騎士のものとは思えないほど温かく、優しかった。
ライズ「いやはや、礼などとんでもない。寧ろ此方こそ、貴女に感謝しているのですよ。」
セリスティア「え……?」
ライズ「2日前の、スタンピードの現場で貴女が取った行動……カレン殿の報告を聞かされた団長から詳細を全て聞きました。貴女があの場に居なければ、どれだけの冒険者の命が失われていたか。しかも、まだ12歳の少女が……。我々騎士団の名折れです。」
彼は少し自嘲するように目を細め、続けた。
ライズ「それに、貴女の炎魔法の才能……クリムゾン団長も驚いていました。『あれはただの貴族令嬢ではない。戦士としての素質がある』と。……だからこそ、せめて私達に出来る限りの力を貸してあげたいと思ったのです。」
セリスティア「……有難う御座います。でも、私……まだ全然未熟で……。」
ライズ「人間誰もが未熟なのは当たり前です。12歳でここまで戦えること自体が異常なのですから。……さあ、まずは屯所の中をご案内しましょう。今日は特別に、団長の許可を得て、私が1日中お付き合いします。」
そう言って、ライズ副団長は屯所の重厚な扉を開けた。中に入ると、広い石造りのホールが広がり、壁には歴代の騎士団長の肖像画がずらりと並んでいる。
その1番新しい肖像画の下に、クリムゾン団長の姿があった。赤いマントを翻し、剣を構えた凛々しい鎧姿。……本物の方がずっと怖いけど、逞しい。
ライズ「ここが『炎の騎士団』の本拠地です。外には訓練場、1階には武器庫、図書室、医務室、隣りの別棟には室内訓練場などと……2階と3階は騎士団員、4階は団長室と作戦会議室などと……全てが揃っています。今日はセリスティア嬢に特別に、貴女の適性に合わせた特別訓練コースを用意しました。」
セリスティア「特別コース……?」
ライズ「ええ。まずは基礎体術と剣術の確認、そして貴女の得意とする炎魔法の制御訓練。最後に、クリムゾン団長との模擬戦です。」
セリスティア「っ……クリムゾン団長と、ですか!?」
ライズ「心配いりません。今日は『手合わせ』程度に留めますから。……ただし、団長は本気です、無論、手加減はしません、あの方は戦場でも訓練でも場は問わずに本気で行いますからね。」
私は思わずごくりと唾を飲み込んだ。
ライズ「さあ、まずはこちらへ。着替えて、軽鎧を着用してください。」
案内された更衣室には、私のサイズにぴったり合わせた軽量の訓練用鎧が用意されていた。
赤を基調としたデザインで、胸元には炎の騎士団の紋章が刺繍されている。しかもカーボン製、お父様が経営してる武具生産工房である『クラリスロード武具工房所』で造られた鎧だ。まさか此処で工房所産の鎧を見かねる何て。
袖を通すと、まるで自分の体の一部のようにしっくりきた。
着替えを終え、鏡の前に立った私は、思わず息を飲んだ。
赤い軽鎧が、朝の光を受けて鈍く輝いている。胸元の炎の紋章が、まるで私の髪の色と呼応するように鮮やかだ。
左腰には訓練用の木剣が差されている。
――これが、私の『炎の騎士団』としての姿。
セリスティア{……なんか、すごく本物の女騎士っぽい。貴族令嬢のドレスより、こっちの方がしっくりくるかも……。}
更衣室を出ると、ライズ副団長が穏やかに微笑んで待っていた。
ライズ「ふむ、実に似合いますな。クラリスロード家の工房の技術は、流石です。」
セリスティア「い、いえ……有難う御座います。父の工房で作られた鎧を、まさかこんな所で着るなんて思ってもみませんでした。」
ライズ「これも運命でしょう。さあ、まずは室内訓練場へ。今日はあなたに合わせた特別メニューですから、遠慮なく力を出してください。」
私たちは屯所の奥へと進んだ。
1階の左廊下を右に曲がった所にある、隣棟、そこの広い室内訓練場は、天井が高く、床は衝撃を吸収する特殊な魔導石で舗装されている。壁には様々な訓練用の武器と其々の大きさの盾が掛けられ、中央には円形の実戦訓練用のリングが設けられていた。
ライズ「まずは体術と剣術の基本確認から。……私を相手に、自由に攻めてみてください。」
セリスティア「え……副団長を、ですか?」
ライズ「ご心配しないで下さい、確かに、見た目からしては老いぼれの騎士ですが、この騎士団に仕えて45年、今の団長であるクリムゾン様や姪であるカレン殿の剣の師を受け持っていた事があります。」
ライズ副団長の言葉に、私は思わず身を固くした。
セリスティア「団長の、カレンの……剣の師匠だったんですか?」
ライズは穏やかに頷き、懐かしげに目を細めた。
ライズ「ええ。カレン殿がまだ幼い頃から、剣を教えました。彼女は生まれつき才能がありましたが……同時に、感情が剣に乗ってしまう癖がありました。それを正すのに、随分と苦労したものですよ、しかし、その癖はやがて、何者をも守る盾と討つ剣へと生まれ変わりました。」
彼は軽く笑い、訓練用の木剣を手に取った。
その構えは、歳を重ねたとは思えないほど洗練されていて、隙が一切ない。まるで剣そのものが彼の延長線上にあるかのようだった。
ライズ「さあ、遠慮はいりません。貴女の炎魔法も、剣術も、全て見せて下さい。……本気で来なければ、私も本気で受け止められませんからね」
私は深呼吸して、木剣を握り直した。
胸の奥で、炎が小さく灯るのを感じる。
セリスティア「……分かりました。では、失礼します!」
一歩踏み込んで、まず基本の斬り下ろしから。
木剣に『属性付与』を使用し、赤い軌跡を引いて振り下ろす。ライズ副団長は動かず、ただ木剣を斜めに構えて受け止めたのだ。衝撃が手に伝わり、私の指先が痺れる。
ライズ「良い力です。ですが、振るう軌道が大きすぎます。もっとコンパクトに、刃先だけを意識して。」
言われるままに、次の突きを繰り出す。
今度は炎を剣先だけに集中させ、鋭く突き刺すように。副団長は軽く体を捻り、剣を滑らせて受け流す。同時に、木剣の柄で私の肩を軽く叩いた。
セリスティア「ぐっ!」
ライズ「突きは鋭い。ですが、肩に力が入り過ぎです。腰から力を伝えることを忘れずに。」
その後も、ライズ副団長は私の攻撃を全て受け止めながら、的確に指摘を続けた。
力の抜き方、足運び、呼吸のタイミング、炎魔法の制御……一つ一つが、まるで私の体に直接刻み込まれるようだった。
どれだけ攻めても、副団長の木剣は決して私に触れない。
しかし、決して侮蔑や遊び心からではない。彼は真剣に、私の成長を願っているのだと、肌で感じ取れた。
やがて、私の息が上がってきた頃――
ライズ「ふむ……今日はここまでにしておきましょうか。十分に成果は出ています。」
私は膝に手をつき、荒い息を吐いた。
汗が額を伝い、鎧の下が熱く湿っている。
セリスティア「はぁ……はぁ……副団長、有難う御座いました……。」
ライズは木剣を置き、私に優しく手を差し伸べた。
ライズ「礼はこちらこそ。貴女の炎は、純粋で力強い。……クリムゾン団長も、きっと喜ぶでしょう。」
彼は私の肩を軽く叩き、続けた。
ライズ「さて、次は魔法制御の訓練です。炎をどれだけ細かく、どれだけ長く操れるか……それが、貴女の真の強さになります。」
室内訓練場の隅に、魔法訓練用の標的が幾つも並べられていた。
金属製の的、木製の的、炎に耐性のある魔導石の的……それぞれに異なる難易度が設定されている。
ライズ「まずは、あの標的を、『火球』で正確に撃ち抜いてみて下さい。連続で10発。」
私は頷き、右手を前にかざした。
掌に小さな炎の球を浮かべてから、狙いを的に定める。
セリスティア「……いくよ。」
――火球!
掌から放たれた赤い炎の球が、一直線に最初の金属製の標的を直撃した。
衝撃で標的が軽く揺れ、表面に焦げ跡が残る。魔力消費は最小限に抑え、形も崩れていない。完璧だ。
セリスティア{よし……1発目、成功!}
私は息を整え、すぐに2発目を放つ。
次は木製の的。炎の球は弧を描き、正確に中心を貫いた。木が一瞬で炭化し、煙が立ち上る。
ライズ副団長は腕を組んで、静かに見守っている。その表情は穏やかだが、目は一切の妥協を許さない鋭さを持っていた。
3発目、4発目……8発目。
連続で放ち続けるうちに、掌の熱が少しずつ増していく。
しかし、魔力の流れが乱れ始め、9発目の火球がわずかに右に逸れた。標的の端をかすめ、壁に小さな焦げ跡を残す。
セリスティア{……くっ、集中が……。}
ライズ「焦るべからず。魔力の流れを、呼吸に合わせることだ。炎は貴女の延長線――心が乱れれば、炎も乱れます。」
その言葉に、私は深く息を吸った。
胸の奥で灯る炎を、静かに、丁寧に撫でるようにイメージする。
10発目。
今度は完璧だった。火球はまっすぐに飛び、魔導石の的を直撃。耐炎性の石が赤く熱を帯びるだけで、形を保ったまま静かに輝いた。
私は手を下ろし、肩で息をした。
セリスティア「はぁ……どう、ですか?」
ライズ副団長はゆっくりと頷き、満足げに笑った。
ライズ「素晴らしいです。10発中9発が命中、そして最後の1発は魔力制御も完璧。……貴女の炎は、ただ熱いだけではない。『意志』があります。」
セリスティア「……意志、ですか?」
ライズ「ええ。炎魔法使いには2種類います。1つは力で押し潰す者。もう1つは、炎に心を宿し操る者。貴女は後者だ。……だからこそ、クリムゾン団長も期待しているのですよ。」
彼は訓練場の隅に置かれた水筒を手に取り、私に差し出した。冷たい水が喉を潤すと、体の熱が少しずつ引いていく。
ライズ「休憩はここまでにして、次は応用編です。――炎を『盾』に変えてみせなさい。」
セリスティア「炎の盾……ですか?」
ライズ「そうです、ただし、炎は標的を焦がしてはならない。完全に制御して、熱を外に漏らさず、相手の攻撃を防ぐ燃える炎の盾の事を自分の頭の中でイメージして下さい。」
私は深呼吸を繰り返し、両手を軽く広げた。
掌の上で、小さな炎がぽっと灯る。
それをゆっくりと広げ、体の前に薄い膜のように展開させる。
赤い炎の幕――熱を外に漏らさないよう、魔力を細かく循環させながら、形を保つ。
バークマン様との決闘を思い出すんだ。あの時の炎の盾の様に大きく、分厚くイメージして…__
瞬間、段々と盾の形へと変化して行く。
ライズ「そうです、そのイメージを忘れずに続けて下さい。」
ライズ副団長はうんうんと縦に頷く。
ライズ「取り敢えずは最初の段階はクリアです、では、次の段階に移りましょうか。セリスティア嬢、このまま魔力で盾の形を保ち続けて下さい。」
セリスティア「次の段階って、な、何をするのですか?」
ライズ「何、簡単な事です__」
副団長は、木剣を構えた瞬間、眼にも見えぬ速さで、保ち続けてる途中の私の炎盾をド真ん中に突きを繰り出され、私は吹っ飛ばされる。
セリスティア「きゃっ!!」
ライズ「次なる段階、それは戦いの最中に形を保ち続けながら盾を完成させる事、相手は自分が防御魔法を発動させるまで待ちは致しませんよ。」
私は地面に尻餅をつき、息を飲んだ。
炎の盾は衝撃で一瞬崩れかけたが、慌てて魔力を注ぎ込み、何とか形を保ったまま、赤い膜が私の前で揺らめいている。
セリスティア「……っ!」
痛みはほとんどない。副団長は木剣の平で軽く押しただけだ。それでも、衝撃で体が後ろに弾かれたのは、私の構えが甘かった証拠。
ライズ副団長は木剣を下ろし、穏やかな笑みを浮かべたまま、私を見下ろしている。
ライズ「いやはや申し訳ない、急な不意討ちで驚かせてしまいましたね。ですが、これがもし戦場や決闘の場合。防御魔法を発動させる隙など、敵は与えてくれません。」
セリスティア「……はい……分かりました。」
私はゆっくり立ち上がり、鎧の埃を払う。
体は震えていない。むしろ、胸の奥で炎がより強く灯るのを感じた。
セリスティア{……もっと、強く。もっと、細かく。}
私は再び両手を広げ、炎の盾を展開する。
今度は最初から、盾の中心を厚く、端を薄く。熱を完全に内側に閉じ込め、外には一滴も漏らさない。
イメージは、バークマン様との決闘の時――あの時、私は炎の盾で剣撃を完全に防いだ。
あの感覚を、再現する。
赤く燃える炎の盾が、私の正面に円形に広がる。
直径は私の身長ほど。厚みは掌一枚分。
表面は静かに揺らめきながらも、決して崩れない。
ライズ「ほう……。」
副団長の目が、わずかに見開かれた。
ライズ「先ほどより、明らかに安定しています。魔力の循環も滑らかだ。……では、もう一度。参ります!」
今度は予兆があった。
副団長が木剣を軽く振り上げた瞬間、私は盾をわずかに左に傾けた。
――ガキン!
木剣が盾の表面を叩く。
衝撃は来たが、体はびくとも動かない。
炎の膜がわずかに波打っただけで、すぐに元に戻る。熱は外に漏れず、私の肌にも届かない。
ライズ「良し!」
副団長は満足げに頷き、今度は連続で突きを繰り出してきた。
左、右、上、斜め――速さは先ほどより一段階上がっている。
私は盾を微調整しながら、ライズ副団長の全ての突きを受け止める、足は動かさない。腰から力を伝えて、盾で固定。
呼吸に合わせて、魔力を循環させる。
5撃、10撃……20撃目。
ライズ「ふむ、私の連続での攻撃を受けてもなお、ちゃんと形は保ててますね、2つ目の課題はこれで合格です。」
セリスティア「つ、次は、どの様な…。」
ライズ「最後の課題、それは、私の剣術技術最高の一撃を受け耐えながら、盾の形を保ち続けて下さい。」
そう言うとライズ副団長は後退し、攻撃を仕掛ける位置を変えると同時に突きの体勢に入る、私はまるで、オリンピックのフェンシング金メダリストを相手にするかの様に感じた。
ライズ副団長はミキサーで生クリームを搔き回すかの様に木剣、いや、右手首をぐるぐると回して行くと、空気がライズ副団長の木剣を纏う風圧と化する。
ライズ「この技術は、力ではなく、貫通を特化させてます、受ければ如何なる防御をも無意味とし、相手の骨をも砕く絶対必中の技です。」
セリスティア「絶対必中…。」
ライズ「その技を盾で受け耐えれば合格、逆に受け耐えられずに受ける、または。盾の形を保てず受け耐えようとも不合格とみなし、セリスティア嬢、貴女を炎の騎士団の特別訓練生から『除名』させます!」
真剣な表情へと変えるライズ副団長、冗談…じゃないよね、こんな状況の最中に冗談何か言えやしない。けど、やるしかない。
耐えたら合格、それ以外なら不合格と同時に騎士団を除名。
仮にもし不合格になって炎の騎士団にから除名されると。数多くの『実剣派』の騎士団員との人脈をがっつり掴めるチャンスを失う事になる。でも逆に、合格をした場合は。
ライズ「………。」
ライズ副団長への私に対する信用を得られる事を意味する。それはつまり、この炎の騎士団のNo.2的立場である副団長が後ろ盾になる事を意味するからだ。
私は深く息を吸い込んだ。
胸の奥で、炎が静かに、しかし激しく燃え上がるのを感じる。
これまでバークマン様との決闘、スタンピードでの戦い、1年前にて300回以上も挑み成功した迷宮攻略、2年前の大型魔獣との遭遇と命懸けの戦い、エレイナお姉ちゃんとエリシアとの別れ、カレンとの出会い、セリスティアとしての転生、そして前世の記憶――全てを思い出し振り返る。
私はここで負けるわけにはいかない。
騎士団の特別訓練生として、もっと強くなるために。
セリスティア{……絶対に、耐えてみせる。}
私は両手を前にかざし、炎の盾を最大限に強化した。
赤い膜が、私の意志に応えて輝きを増す。中心を厚く、端を柔らかく。熱を完全に内側に閉じ込め、外には一切漏らさない。
魔力の循環を、呼吸と完全に同期させる。
イメージは――私の大切な人たちを守る、揺るぎない壁。
ライズ副団長の瞳が、鋭く細められた。
彼の木剣が、ゆっくりと後ろに引かれる。
空気が歪むような圧力を感じる。
あの回転――右手首が高速で回り、剣先がぼやけるほど、まるで風圧がドリルの様に、私の髪を後ろに押し流す。
ライズ「……参る!」
――瞬間。
ライズ副団長の体が、まるで矢のように前進した。木剣が一直線に、私の炎の盾の中心を狙って突き出される。
それは本当に、目にも止まらぬ速さだった。
フェンシングの金メダリストどころか、まるで光の槍のように感じられた。
セリスティア{来る……!}
ライズ「『上位剣術・螺旋突き』!!」
――瞬間、螺旋状に回転する木剣の先端が、私の炎の盾の中心に直撃した。
ズドン!!
衝撃が全身を駆け巡る。まるで巨大な槌で叩かれたような、重く鋭い一撃。
地面がわずかに震え、室内訓練場の空気が熱波となって渦を巻く、私の足が、後ろに1歩、2歩と滑り出して後退される。
膝が折れそうになる。腕が痺れ、魔力の流れが一瞬乱れた。
セリスティア{……っ、く……!}
もしこれを受け耐えらなければ、私の今後の人生に影響がある。だったら…。
『増加システム・ON』。MP消費量10…いいや、20倍!!
瞬間、胸の奥で何かが弾けた。
セリスティア{……これ以上、負けるわけにはいかない!!}
昔、エリシアの住んでる貸別荘近くの湖の近くにてレリウス様から教えられた『増加システム』。これを炎の盾にありったけの魔力を注ぎ込む!
ライズ{む?盾の耐久性が上がった?なら…『神速』!『鬼神』!}
ライズは攻撃速度を『加速』の最上位技術である『神速』と『強化』の最上位技術である『鬼神』で攻撃力と機動力を最大限まで上昇させる。
セリスティア「ううっ!!」
――衝撃が、炎の盾全体を貫くように伝わってきた。
螺旋状に回転する木剣の先端が、私の盾の中心に深く食い込み、赤い炎の膜をねじり歪めようとする。
熱波が室内を駆け巡り、床の魔導石がわずかにひび割れる音が響く。
私の足が、地面を抉りながらさらに後ろへ滑った。3歩、4歩……膝が折れ、視界が揺れる。
セリスティア{……っ、熱い……! 魔力が、一気に削られる……!}
増加システムで20倍にまで引き上げた魔力消費――それは、まるで自分の命を削るような感覚だった。
掌が焼けるように熱くなり、腕が痺れ、呼吸すら苦しい。
でも、盾は崩れていない。
炎の膜は、ライズ副団長の螺旋突きを真正面から受け止め、回転の勢いを殺しながら、じわりじわりと押し返している。
ライズ副団長の表情が、初めてわずかに変わった。
ライズ{……この魔力の密度……! ただの防御ではない。炎が、回転を逆にねじり返している……?}
彼の瞳に、驚愕と――そして、純粋な喜びが宿る。
ライズ{この感情は、何時以来か?否!感情に突き走る等と騎士として恥!しかし、私のこの心の熱さはまるで若返ったかの様に…!!}
――瞬間、衝撃の頂点が訪れた。
ライズ副団長の木剣が、私の炎の盾に完全に食い込んだ。 螺旋の回転が最大となり、空気が悲鳴のような音を立てる。 私の足が地面を深く抉り、膝が完全に折れかけた。
セリスティア{……もう、限界……!}
もう直ぐ魔力が底をつきかける。視界が赤く染まり、耳鳴りが響く。 増加システムの負荷が、体全体を蝕むように痛みが走った。
だが――盾は、まだ崩れていない。
炎の膜は、ライズ副団長の剣先を包み込むように逆回転を始めていた。 私の意志が、炎に宿り、相手の力をねじ伏せようとしている。 熱が内側に渦巻き、盾の中心部が白く輝き始める。
ライズ{……これは……!}
副団長の瞳が、大きく見開かれた。 彼の脳裏に、鮮明な記憶が蘇る。
――カレンの母親、若き日の先代騎士団長。 赤い髪を炎のように翻し、炎の盾を展開して、敵の槍を正面から受け止めたあの姿。 彼女の盾は、ただ防ぐだけではなかった。 敵の力を吸収し、逆に焼き払う――まさに『炎の意志』そのものだった。
ライズ{スカーレット様……}
――そして、次の瞬間。
ズガン!!
私の盾が、ライズ副団長の剣先を弾き返され、その反動で右手から弾け飛んで、間の床に落ちると共にライズ副団長の木剣が私の魔力の炎を浴びてしまったのか焚き火と化してパチパチと燃えてしまう。
副団長の体勢がわずかに崩れる。 衝撃波が室内訓練場全体を駆け巡り、壁の訓練器具ががらがらと音を立てて揺れた。
それと同時に私は後ろに吹っ飛び、床に背中から倒れ込んだ。 息が詰まり、視界が一瞬暗くなる。 だが、両手に支え持った私の炎の盾は――最後の最後まで、形を保ったまま、静かに消えていった。
セリスティア「……はぁ……はぁ……。」
室内訓練場に、静寂が戻った。
パチパチと、ライズ副団長の木剣が炎に焼かれる音だけが、かすかに響いている。
床に転がった木剣は、みるみる黒焦げになり、灰のように崩れ落ちた。
私は仰向けに倒れたまま、荒い息を繰り返していた。視界の端がぼやけ、体の芯が熱く疼く。魔力の枯渇と増加システムの反動が、全身を重くする。
でも――盾は、最後まで崩れなかった。
ライズ副団長は、しばらく無言で立ち尽くしていた。
彼の手から、焼け落ちた木剣の柄がぽろりと落ちる、その顔には、驚愕と――深い感慨が浮かんでいた。
ライズ「……これは……信じられません。」
彼はゆっくりと膝をつき、私の傍らにしゃがみ込んだ。
老騎士の瞳が、静かに私を見下ろす。
そこには、もう試すような鋭さはなかった。ただ、純粋な敬意と、懐かしい記憶の色だけがあった。
ライズ「……合格です、セリスティア嬢。いや……セリスティア殿。」
私は弱々しく微笑んだ。
声が出ない。代わりに、ただ小さく頷くことしかできなかった。
ライズは私の背中に優しく手を回し、ゆっくりと上体を起こしてくれた。
冷たい水筒を口元に当て、喉を潤してくれる、水が染み渡るたび、体の熱が少しずつ引いていく。
ライズ「申し訳有りません、本気で貴女を除名する積りなど有りませんでした。私はただ……貴女の本気を、引き出したかったのです。」
セリスティア「……ふふ……ずるい……です……副団長……。」
ライズは苦笑しながら、首を振った。
ライズ「いや、ずるかったのは貴女の方でした。あの最後の炎盾……あれは、ただの防御ではない。炎が、相手の力を『吸収』し、逆に焼き払おうとしていた。……まるで、昔のスカーレット様のようでした。」
セリスティア「スカーレット……様?」
ライズは遠い目をして、静かに頷いた。
ライズ「先代団長、カレン殿の亡き御母君にして、現団長であるクリムゾン殿の妹で御座います。『紅蓮の戦乙女』と呼ばれ、街の女性達の憧れの的でも有りました。」
知っている、セトランド王国の誰にでも有名な人物にして、男尊女卑であるセトランドの貴族階級社会に女性社会の道を切り開いた先導者でもある。昔、子供の頃、屋敷の書物室の本国の歴史書で読んだ事がある。
スカーレット様は多くの騎士や兵士達の先頭に立ち、美しき炎の剣を手に、戦場で幾度も勝利を収め、騎士団を率いて王国を守り抜いた……。
セリスティア「けど、最後は確か…。」
ライズ「はい、10年前、当時私は炎の騎士団の騎士団長補佐を、クリムゾン様は副団長、娘のカレン殿は6歳、甥御のフレイジェル殿は4歳でした。満月の日、セトランドに大規模の魔獣のスタンピードが発生しました。予期せぬ魔獣の奇襲に人々が恐れる最中、スカーレット様は自ら出撃し、たった1人で魔獣の大群を相手に一掃し、この場を遠目で見た騎士達もスカーレット様に続いて出撃し共にしました。あの後が起きるまでは、此処までは良かったのです。」
セリスティア「……スカーレット様が、魔獣の奇襲を受けそうになった1人の部下の騎士を庇って__」
其処から先は私は言えなくなったのか、ライズ副団長は悲しげな表情をしながら縦に頷き、答えた。
ライズ「……ええ。あの時、スカーレット様は、瀕死の重傷を負っていた若い騎士を庇い、魔獣の群れの中心に単身で突入なさいました。最後に放たれた大規模炎防御魔法――『炎魔極城壁』で全ての味方を退路を作り、突撃する魔獣の大群を全て焼き尽くしました。……ですが、その代償は大きかった。スカーレット様の体は、魔力の枯渇と魔獣の受けた傷の失血でそのまま……。」
副団長の声が、わずかに震えた。普段の穏やかな口調とは裏腹に、瞳の奥に深い悲しみが宿っているのが分かった。
ライズ「私達は、皆、彼女を止められなかった。あの人はいつもそうだった。誰よりも強く、誰よりも優しく……自分の命など、二の次で皆を守ろうとする。クリムゾン団長も、カレン殿も……あの日のことを、今でも悔やんでおられますよ。」
セリスティア「……カレンの、お母さん……。」
私はゆっくりと体を起こし、鎧の胸元を握りしめた。カレンの寝顔が脳裏に浮かぶ。あの穏やかな寝息、時折呟く私の名前……。彼女がどれだけの物を背負っているのか、改めて胸が痛んだ。
セリスティア{カレン……ごめんね。私、何も知らなくて……。}
ライズは静かに立ち上がり、焼け落ちた木剣の残骸を足で軽く払った。
ライズ「ですが……今日、貴女の炎の盾を見た時、私は確信しました。スカーレット様の『意志』が、どこかで受け継がれているのだと。……貴女の炎は、ただ熱いだけではない。守るための炎です。」
彼は私に優しく手を差し伸べ、再び立ち上がらせてくれた。その手は、先ほどとは違う――敬意に満ちた温かさだった。
ライズ「セリスティア殿。これからも、炎の騎士団は貴女の味方です。私個人としても……貴女の成長を、見守らせてください。」
セリスティア「……はい。ありがとうございます、副団長。」
私は深く頭を下げた。胸の奥で、何かが熱く灯るのを感じた。炎の盾を耐え抜いた達成感、そして――新しい絆が生まれた実感。
ライズはくすりと笑い、雰囲気を少し和らげた。
ライズ「さて、副団長である私の課題は全て終わりましたが、訓練はまだ終わりではありませんよ。最後に、クリムゾン団長との手合わせが残っています。……ですが、今日の貴女なら、きっと良い勝負になるでしょう。」
セリスティア「っ……本当ですか?」
私は思わず目を丸くした。ライズ副団長は頷き、室内訓練場の扉の方を指した。
ライズ「団長は、もう外の訓練場でお待ちです。貴女の炎を、直接見てみたいとおっしゃっていましたからね。……さあ、行きましょう。」
私達は室内訓練場を後にし、屯所の外へと向かったのだった。




