悪役令嬢、騎士団長にスカウトがてら冒険者活動を宣言する。
話の場所は変わり。
此処は、炎の騎士団屯所4階団長室。
団長室の空気は、先ほどの屯所前の喧騒とは打って変わって静かだった。重厚な木製の机を挟んで、クリムゾン団長が座り、私とカレン、バークマン様がその前に並ぶ。窓から差し込む午後の陽光が、団長の赤みがかった髪を照らし、炎のような威圧感をより強く感じさせる。
クリムゾン「……セリスティア。」
名前を再度呼ばれ、私は慌てて顔を上げる。
セリスティア「は、はい!」
クリムゾン「ディオス村の件以来だから、2年振りと言った所か。……随分と成長したようだな。」
その言葉に、わずかに口元が緩む。笑っているわけではない。ただ、評価している――そんなニュアンスが伝わってくる。
セリスティア「……ありがとうございます。ですが、私からしたらまだまだ未熟です。」
クリムゾン「謙遜は良い。バークマンに勝ち、愚息の防御魔法を正面から砕いた少女が『まだまだ未熟』とはな。……カレン。」
カレン「はい、叔父上。」
クリムゾン「お前がセリスティアを弟子にしたのは正解だったようだ。……いや、むしろ逆かもしれないな。お前の方が、この娘に鍛えられている。」
カレンが小さく苦笑する。
カレン「……そうかもしれません。セリスは、私の想像を何時も超えて来ますから。」
クリムゾン団長の視線が、再び私に戻る。
重い。だけど、敵意は無い。寧ろ、興味――いや、期待に近いものすら感じる。
クリムゾン「1つ、聞かせてくれ。セリスティア。」
セリスティア「はい。」
クリムゾン「何故、そこまでカレンを庇った?」
一瞬、言葉に詰まる。
何故、か。
それは……当たり前だから、だなんて簡単には言えない、だけど、胸の奥で燻っていたものが、静かに言葉になる。
セリスティア「……カレンは、私の師匠です。私の大切な人です。誰かに――たとえそれが血縁であっても――『落ちこぼれ』だの『女の分際で』だのと侮辱されるのを、黙って見ていられませんでした。それだけです。」
静寂。
クリムゾンはしばらく無言で私を見つめていた。やがて、ゆっくりと頷く。
クリムゾン「……そうか。ならば、礼を言う。我が息子が、騎士の恥を晒した。それを正しく正してくれたことに、感謝する。」
フレイジェルが連行される際のあの捨て台詞が脳裏をよぎる。
『殺してやる』――あんな言葉を吐いた息子に対して、父であるクリムゾン団長は何も言わない。ただ、騎士団長として、淡々と事実を述べるだけだ。
クリムゾン「バークマン。」
バークマン「はっ。」
クリムゾン「セリスティアを、正式に騎士団の特別訓練生として受け入れろ。明日からだ。」
クリムゾン団長を除く、団長室内に居る私、カレン、バークマン様は驚愕の表情をする。
特別訓練生――それは騎士団の正規団員ではないが、団長直々の許可で訓練に参加できる、極めて稀な地位だ。
バークマン「……承知しました。」
クリムゾン「カレンは引き続き、セリスティアの護衛兼指導を続けろ。」
カレン「は、はいっ!」
クリムゾン団長は視線を私に戻す。
クリムゾン「セリスティア。これから厳しい訓練が待っている。だが……お前なら、乗り越えられるだろう。」
セリスティア「……はい。精一杯、頑張ります。」
クリムゾン団長の言葉が終わると同時に、部屋の中の空気が少しだけ軽くなった。
でも、拒否する選択肢なんて最初からなかった。むしろ、これは破滅回避への大きな一歩だ。
炎の騎士団の訓練に参加出来ると言う事は、ゲーム本編ではほとんど触れられなかった『実剣派』の人脈をがっつり掴めるって事を意味する。
フレイジェルみたいな貴族至上主義の連中を黙らせる力も、将来的に手に入るかもしれないからだ。
けど、これだけでは足りない、ただの特別訓練生と言う立場では。だから私は決意した。
セリスティア「ですが、1つだけお願いがあります。もし、そのお願いをクリムゾン団長が了承してくれれば、私に対する『絶血派』への脅威は大きくなります。」
クリムゾン「……一応だ。申してみろ。」
セリスティア「はい。…私、冒険者になろうと思います。」
団長を除き数人の者達は私の冒険者になる宣言を聞いて驚愕する。
私の言葉が空気に溶け込むのを待つように、誰もが息を潜める。カレンの手が、私の袖をそっと握りしめたのが分かった。バークマン隊長は眉をわずかに上げ、クリムゾン団長は――変わらず、無表情のまま私をじっと見据えている。
クリムゾン「……冒険者、だと?」
声は低く、抑揚がない。だが、その一言だけで部屋の温度が数度下がった気がした。それでも、私は怯まずにクリムゾン団長に説明した。
セリスティア「はい。……騎士団の特別訓練生として、毎日ここで鍛えさせていただけるのは大変光栄です。でも、それだけでは――私自身の限界を超えられないと思っています。」
私は一息置いて、言葉を続ける。胸の奥で、ゲーム知識とこの世界で積み重ねた実感が、しっかりと噛み合っている。
セリスティア「炎の騎士団は、セトランド王国軍の中でも最強の騎士団です。ですが仕事内容は迷宮攻略、魔物討伐、辺境の守り……それは騎士団の仕事の一部でしかありません。外の世界には、もっと多様な敵が、もっと過酷な試練が待っています。冒険者ギルドに登録し、正式に『冒険者』として活動することで、私はもっと早く、もっと強く、もっと広く成長できると信じています。」
クリムゾン「ふむ……。」
団長は顎に手を当て、ゆっくりと目を細める。評価するような、測るような視線だ。
セリスティア「それに……私が冒険者になれば『絶血派』の連中が私をただの『騎士団の特別扱いされた小娘』と見下す口実が減ります。『騎士団の庇護下にあるだけの落ちこぼれ』ではなく。『自分自身で道を切り開き進んでいる女』として、向こうのプライドを逆撫でできる。……結果として、フレイジェルやその取り巻きが私に牙を剥きやすくなるかもしれませんが――」
私は小さく息を吐き、言葉を続ける。
セリスティア「――それでも構いません。私が強くなればなるほど、彼らの『血統至上主義』が陳腐に見えるようになる筈です。何時か、騎士団の中で『実剣派』が主流になる日が来るなら、そのきっかけの1つとして、私がなれるかもしれない。だからこそ、冒険者として外で実績を積みながら、騎士団の訓練も並行して受けたいんです。」
静かだった部屋に、私の声だけが響く。
カレンが、そっと私の手を握り直す。その手の力が、少し震えているのがわかった。心配している。でも、同時に――信じてくれている。
クリムゾンはしばらく無言だった。
やがて、ゆっくりと立ち上がり、窓辺へと歩み寄る。夕陽が彼の背中を赤く染め、まるで炎のマントを羽織っているように見えた。
クリムゾン「……面白いことを言うな。」
背中を向けたまま、団長は小さく笑った。低く、喉の奥で響くような。
クリムゾン「騎士団の特別訓練生でありながら、冒険者として外の世界を渡り歩く……前代未聞だな。だが、悪い案ではない。」
彼は振り返り、私を正面から見据える。
クリムゾン「許可する。ただし、条件がある。」
セリスティア「はい……どのような条件でしょうか?」
クリムゾン「1つ。騎士団の名を汚すような真似は許さん、身分を偽って行動しろ。冒険者としての活動が明るみになれば騎士団の信用を損なうような事がなるからだ。それが知れば即座に特別訓練生の資格を剥奪する。2つ。最低でも2ヵ月に一度は、必ずここに戻って報告と訓練を受けること。怠ければ、それも資格剥奪だ。そして3つ目の条件――」
クリムゾンは一歩近づき、私の目を見据えた。炎のような瞳が、真正面から私を貫く。
クリムゾン「――何があっても絶対に死ぬな。外でどれだけ無茶をしようと構わん。だがセリスティア、お前は俺の親友であるルーファスの娘だ。お前が選んだ道に巻き込む以上、突き進め。」
刹那、クリムゾン団長の言葉が、団長室に重く響いた。最後の条件――『絶対に死ぬな』。
それは、騎士団長としての命令ではなく、かつての学友の娘に対する、父親のような言葉だった。クリムゾン・F・フレイローズは、決して感情を表に出す男ではない。それなのに、今この瞬間だけは、わずかに声が震えていたように心から感じた。
セリスティア「……はい。約束します。絶対に死にません。」
私は深く頭を下げた。胸の奥で、何かが熱く、強く燃え上がるのを感じた。これはもう、ゲームのシナリオをなぞるだけの話じゃない。
私がこの世界で選んだ道、私が変えようとしている未来、団長は小さく頷き、再び机に戻って座った。
何時もの、炎のように厳しくも落ち着いた表情に戻っている。
クリムゾン「ならば、話は決まったな。バークマン。特別訓練生としての登録手続きを進めろ。同時に、冒険者ギルドへの登録はセリスティア自身に任せる。身分を隠すため、偽名を使え。……クラリスロード家の名は、絶対に出すな。大変な事になるからな。」
バークマン「了解しました。……身分証の偽造は俺の方で手配します。ギルド側にも知人が居ますので、こちらからそれとなく根回しを入れておきましょう。」
クリムゾン「カレン。お前は引き続き、彼女の影として動け。だが、過度に干渉するな。セリスティアが自分で選んだ戦いだ。……お前も、彼女に鍛えられる側になる覚悟をしろ。」
カレン「はい、叔父上。セリスが選んだ道なら、私も全力で支えます。」
クリムゾンは最後に、私をもう一度見つめた。その視線は、評価を超えて――まるで、未来を託すような色を帯びていた。
クリムゾン「明日から、朝一番で訓練場に来い。特別扱いは一切しない。例え特別訓練生だろうが、冒険者だろうが、ここではただの『新入り』だ。……だが、セリスティア。」
彼はわずかに口角を上げた。
それは、笑みというより、炎が揺らぐような、危険で魅力的な表情だった。
クリムゾン「――お前がどれだけ燃えられるか、見せてもらおうじゃないか。」
その言葉を最後に、クリムゾンは手を振って私たちを下がらせた。団長室を出た瞬間、カレンが私の肩を抱き寄せた。
カレン「……本当に良いのか?セリス、冒険者になるって……。」
セリスティア「うん。でも、これが今、私にできる1番の選択だと思う。カレンを守るためにも、『絶血派』を黙らせるためにも……そして、何より、私自身がこの世界で生き抜くためにも。それに…。」
悲しげな顔で私はカレンに謝罪した。
セリスティア「ごめんなさい、私の勝手な判断で冒険者活動をするって決めて。しまって。」
カレン「…気にするな、これはセリスが決めた事だ。」
そう言いながら、カレンは私の額にそっと額を寄せてきた。温かくて、少し震えている。
カレン「……私も、セリスと同じくもっと。無茶をしても、ちゃんと追いつけるくらいに。フレイジェルに負けない様に強くなる。」
セリスティア「うん!一緒に、強くなろうね。カレン。」
廊下の先、夕陽が完全に沈みかけていた。
屯所の訓練場からは、まだ剣戟の音が遠く聞こえてくる。




