閑話、女騎士の帰還と振り返る過去。
side KAREN
酒場兼宿屋『雌牛の足跡』の前にてセリスとレイラの2人と別れた私は単身、中央都市部最奥もとい王城付近にある、ある場所へと真っ直ぐ向かっていた。
その場所とは自身が所属する『炎の騎士団』屯所であった。私は自ら、騎士団長にして叔父であるクリムゾンに直接、本国への帰還の報告を伝える為に。セリスの護衛任務の途中とは言え、一応挨拶する訳には行かないのは騎士道としてだけでなく、人としての誇りに泥を塗る様な事なのである。
騎士団の屯所は外の訓練場と右奥にある体育館見たいな建物である実戦訓練所と言う構造になっている、そして、屯所は騎士達の寮もとい男の騎士達の住まう所兼4階は騎士達長の執務室兼来客用の応接室でもある。
カレン「此処へ来るのも、セリスの聖女としての護衛任務を受けるとき以来だな。む?」
訓練場にて2人の若い男の騎士団員が木剣を使って実戦訓練をしているのを私は気付く、1人は眼鏡を掛けた長身の黒髪の男、もう1人は髪をオールバックにした強気な男の2人は真剣に互いの相手目掛けて木剣で打ち込んでいた。まるで本当の戦闘を実際に体験しているかの様に。
この2人の顔に見覚えがあった私は直ぐ様に呼び掛ける。
カレン「おーい!レイム殿!コンロッド殿!」
レイム「む?」
コンロッド「おい、彼奴ってもしかして!」
2人の騎士団員は訓練を中断して直ぐ様に私の元へと駆け付ける。駆け付けた2人の騎士団長、長身の眼鏡の騎士の名前はレイム・G・グレネイド。
もう1人のオールバックした橙髪の騎士はコンロッド・S・ウィルター。2人は炎の騎士団の2番隊に所属する騎士団員で、私の実力を認めてくれた人物、彼等は喜びながら私の帰還を出迎えてくれた。
コンロッド「やっぱりカレンじゃないか!」
レイム「久し振りだな、例の護衛任務を受けて騎士団から離れたから1年振りか、何時、本国へ戻って来たんだ?」
カレン「たった今です、途中、色々とありましたが、それで叔父上は?」
レイム「ああ、生憎と団長なら、各団の団長と共に国王陛下の元に直接報告に向かった処だ。何でも王国周辺にて起きた魔物の大群の件らしく。」
カレン「!」
それってもしやと思うが、あのスタンピードの件だろう、やはり、冒険者ギルドだけでなく各団にも出動要請があった様だ。
カレン「それで、騎士団も魔物討伐の為に出陣したのですか?」
コンロッド「そりゃ勿論さ、急だったとは言え、出陣したからな。因みに俺達2番隊は東側方面にある周辺の村々を魔物達相手に防衛しながらな。」
レイム「幸い、被害は酷かった物の、死者がでなかったのは運の尽きだ。他の団の団員達も帰還の際に大変だったらしい。お互い様々だがな。」
炎の騎士団だけでなく、他の団も出陣する程の大規模なスタンピードだったとは、一体セトランド周辺に何が起きているんだ?まさかまた魔獣の脅威が!?
考えていると私達の元に、軽装用の防具を着用した1人の老騎士が訓練場に姿を現す。
老騎士「おやおや、訓練場の様子を見に来れば、懐かしの面が居るとは驚きましたなあ。」
レイム&コンロッド『ラ、ライズ副騎士団長殿!!』
2人の騎士団員はライズと呼ばれた老騎士に向かって直ぐ様に敬礼する、私も遅れながら同じくビシッと敬礼をする。何せこの方は叔父上に次ぐお偉いに当たる人物だからだ。
この方の名前はライズ・P・メテウス殿。
65歳の老騎士ながら、炎の騎士団の副騎士団長にして騎士団唯一の古株、いや、正確には叔父上、クリムゾン騎士団長が団長に着任する前の頃から長く勤め、そして、私に剣術と騎士としての心得を教えてくれたお師匠の1人でもある。
カレン「ライズ副騎士団長、カレン・F・フレイローズ。護衛任務の途中でありますが本国への帰還の挨拶に参りました。」
ライズ「前以上に逞しくなりましたなカレン、色々と土産話を聞きたいのですが、取り敢えず団長室へ向かいましょう。」
カレン「はっ!」
ライズ「レイム、コンロッド、お前達も出陣後の自主練を止めろとは言いません、あまり無理せず、タイミング良く終わらせなさい、宜しいですな。」
レイム&コンロッド『は、はっ!!了解です!!』
ライズ「さぁ、カレン、改めて参りましょうか。」
思いっ切り手を振りながら私を見送る、レイムとコンロッドと別れ、私は訓練場を後にし、ライズ副騎士団長と共にクリムゾン団長不在の団長室へと向かい、久方振りの屯所へと帰還する。
*
屯所最上階である4階の団長室にて、私は団長が使われる執務机の前の来客用のソファーに堅苦しく座っていた。まさか一時帰還がてらに報告を伝えに戻って来ただけなのに、今、テーブルの私が座ってる位置の目前に、何故かケーキの皿が置かれてあった。
カレン「………。」
このケーキをどうしろと?思ってると、ライズ副騎士団長が何やら紅茶の入った硝子製のティーポットと2人分のカップを乗せた盆を持って、向かいのソファーの私の前位置に座りながら2人分の紅茶をカップに静かに注ぐ。
ライズ「これは、お世話になられた貴族の奥方殿からお勧めされたシフォンケーキでしてな、今流行りの愛用の茶葉の紅茶との食べ合わせがとても良くて、女性であるカレン殿にもお試しにと用意しました。遠慮せずにどうぞ。」
カレン「は、はあ、では頂きます。」
私はライズ殿から頂かれたシフォンケーキなる物を一口食べる、む!これは美味いな、生地だけのケーキとは言え、味わいと食感がとても良い。
ライズ「本来ならば、団長が直接お伺いする予定でしたが申し訳無い、レイムとコンロッドの何方かが聞いてると思うが、不運ながら各団長の方々と共に王城にて陛下に直接の報告、帰りは恐らくですが、かなり遅く可能性がある為、私が代わりに報告を聞きましょう。」
カレン「……有り難う御座います。では。」
私は副騎士団長に団長から与えられた。セリスティアの1年間の出来事と今回起きたスタンピードでの遭遇の件で私とセリスが戦闘に加わり、魔物達を倒し、セリスがスタンピードの元凶の元の迷宮主を討伐した事を全て報告した。
カレン「__報告はこれで以上です。」
ライズ「…そうですか、例の聖女候補の、団長の御学友であるルーファス殿の娘御が予定より1年速く、このセトランドにて滞在をと。」
カレン「はい、1年後のエンディミオン魔法学校の入学までの間はセリスを、セリスティアには新たな環境で技術を磨かねばなりません。」
ライズ「ふむ…。状況は理解しました。でしたら提案があります、セリスティア嬢を我等が炎の騎士団の訓練に参加をさせてはどうですか?」
カレン「セリスをですか?」
驚いたな、副騎士団長であるライズ殿がまさかセリスを騎士団の訓練に参加させる様と言う提案を持ち出して来る何て…。すると、ライズ殿は私の心の中を察したのか、鋭い直感で私をギラリと見つめる。
ライズ「よもやまさか私の様な老いぼれが、そんな提案をしては行けないと思ってるじゃろう?」
カレン「そ、それは…。申し訳有りません!!」
怒りを買ってしまったのか私は直ぐ様に席から立ち上がり、ライズ殿に向けて思いっ切り頭を下げて謝罪すると、彼は笑いながら私に言った。
ライズ「ハッハッハ。別に構いませんよ。…まあ一部の者は私の事を陰ながら、年寄りだの老害だの隠居しろだのと煩く言われてますからね。」
笑いながらライズ殿は、自らの事を陰ながら悪口を言い放つ人物達の顔を私は思い浮かぶ。
カレン「…また。フレイジェル達ですか。」
フレイジェル・F・フレイローズ。
叔父上であるクリムゾン団長の実の息子にして騎士団長補佐兼炎の騎士団1番隊隊長。そして私の従弟に当たる人物で、絶対的貴族血族派閥の騎士達のみで構成された『絶血派』と言う派閥を率いる筆頭でもある。
この『炎の騎士団』には現在、2つの派閥が分かれ対立している。1つは先程言った『絶血派』。特に1番隊の大半の上級貴族出身とその腰巾着の騎士達で構成されている。
もう1つは家柄・身分・血筋・階級と言った互いの立場等は気にせず、己の腕と技術のみで実績を得る者達で構成された『実剣派』。私を含め、2番隊から5番隊の騎士達で構成されている。
幸いながら、この2つの派閥には団長である叔父上と、副団長であるライズ殿は属していない、いや、正確に言えば2人は如何なる騎士達を実力主義で、相手の家柄も身分も関係無く、誰にでも厳しく評価してくれる。この私でさえ。
カレン「…同じ叔父上の身内とは言え、何故、彼奴はこんな馬鹿馬鹿しい考えを何時までも貫いてる積もり何でしょうかね。」
無論、フレイジェルは私が女の騎士と言う理由で、同じ団長の身内、従姉である私と同じ騎士なのに女と言う理由だけで見下し毛嫌っているからだ。他の上級貴族騎士達も同様に。
ライズ「……それは彼次第でしょう。」
カレン「まるで先が思い上がりたいと、言いたい処ですが。今日は、そのフレイジェルら『絶血派』の面々の姿が不在でしたね。」
ライズ「そのフレイジェル殿ら、1番隊は本国東方最奥にある迷宮崩壊が発生した土地にて遠征討伐任務に向かっていますから、帰還は数日掛かるでしょう、本当にカレン殿がタイミング良く帰還して何よりです。」
確かにそうだ。もし任務とか無かったら、フレイジェルらにまた罵詈雑言されそうだからな、熱い性格ながら実力は有るのに、貴族意識が高いのが残念過ぎると私は思う。出来ればフレイジェルをセリスと会わせない方が良いと私は悩み考える。
さて、何時までも話を逸らす訳には行かないと思った私はセリスの騎士団の訓練参加の件の話に戻す。
カレン「ライズ副騎士団長殿、セリスの訓練参加の件、確かに良い提案です、しかし…。」
ライズ「セリスティア殿のご意思が、優先と言いたいのですね。」
カレン「…はい、なのでこの事は直接、彼女に伝えてからでお願いします。」
私は訓練参加の件をセリスに伝えると、ライズ殿は微笑みながら私に言った。
ライズ「……昔は、団長や私、亡くなられたお母君の後ろにひょっこりと隠れていた泣き虫であった貴女が、気付けば弟子を取る様になるとは思いませんでした。カレン殿、良い1人前の騎士になられましたな。」
カレン「そんな…。私からしたら、まだ半人前です、それに、ライズ殿も存じてるでしょう、私の身体には魔力は…。」
瞬間、ライズ殿は左手で待ったと私の言う事を止めて、微笑みながら私に言った。
ライズ「関係有りませんよ、魔力が有ろうが無かろうが、私はカレン殿を期待させています、無論、団長、いえ。叔父君であるクリムゾン殿も同じく。」
カレン「叔父上が、私の事を…。」
ライズ「これからも、炎の騎士団に属する1人の騎士として思う存分に精進して下さい。」
カレン「っ……はいっ!有り難う御座います!!」
直ぐ様に席を立ち、私はライズ殿に向かって再度頭を下げてから御礼を言った。期待してくれた。団長が、いや、叔父上が私を、団長の姪御としてではなく、1人の騎士として、認めてくれたのだと。
話を終え、最初食べたシフォンケーキの甘かった筈の味が、途中、塩の味が感じたのか、恐らく、私が自然と涙を流してたのに気付かなかったけど、久方振りに食べるケーキはとても美味しかった。今度、時間の空いてる時にセリスを連れて洋菓子屋へて赴こう。
*
報告を終え、屯所を後にし、そのまま私は夜のセトランドの都市部を歩きながら。セリスとレイラの待つ宿『雌牛の足跡』へと向かって足を進めていた。
カレン「…すっかり暗くなってしまったな。」
気が付けば、月が見える時間帯となっていた。今宵は満月の日か…。
満月を見ると、私は今でも尚、あの幼かった日の頃を思い出す。10年前のあの日を、その日、外から大規模の魔獣のスタンピードが現れた。王国へと向かって突撃し、このままではセトランドは大きな被害が起き、数多くの犠牲者を生み出してしまう最中、お母様率いる『炎の騎士団』の颯爽なる出陣により、本国への侵入を阻止と同時に魔獣達を一気に薙ぎ倒した。
スカーレット・F・フレイローズ。
私の母にして、先代の『炎の騎士団』団長。燃える情熱の炎の様な長い艶髪と共に敵陣へと向けて駆けるその美しい女騎士の姿を周りの人々は『紅蓮の戦乙女』と呼ばれ、街の女達の憧れの的であった。無論、私も例外無く母に憧れた。
母の振り放つ炎纏いし一振りの斬撃は目前の魔獣達を焼き斬り、仲間達を防ぐ炎の壁として攻撃を防がせ、その紅き鎧兜の姿で駆け出した。女ながらにセトランドの生けし英雄として、これからも母は伝説として長く伝え語られるだろう。
しかし…。そう長くは続かなかった。
満月の日、魔獣の奇襲を受けそうになった1人の部下の騎士を庇って、母はそのまま戦死した。その騎士は当時、新婚で近々子供が産まれると知り、葬儀の日、当時6歳だった私はその騎士を恨まなかった。彼はお母様の墓前で泣きながら謝罪を繰り返し続け。
その騎士は数日後に騎士団から脱退し、愛する妻を連れて故郷へと旅立ってしまった。私からしたら団長を殺した様に感じ罪の重荷を背負うも騎士としての役目を全うせずに、同業の騎士達から色々と言われても致し方無かった。罪悪感を抱えたまま、平然と騎士を続けられる人間はいるのかと。だから私はあの騎士の事を忘れない、母上の分まで生きて欲しいと願いながら。
私は暗い部屋のベッドのシーツに身を包んで、思いっ切り泣いた。泣き叫んだ。涙が枯れる程に、身体の中の水分を全て絞り尽くす様に、泣き続けながら私は決意した。母の思い、必ずや母と同じ『戦乙女』の名に相応しい騎士になろうと。
それからの私の運命は変わった。父の反対を押し切り、叔父のコネに頼らずに10歳で騎士団の実力試験を受け、見事、合格をして炎の騎士団に入団した。
しかし、此処からが苦難の道だった。唯一の女騎士ながら、周りの騎士達、特に従弟であるフレイジェルを含めた『絶血派』の面々は『女が騎士何て我等が騎士団の恥』『女は女らしく家を守りながら花嫁修業を務めろ』『騎士団の名前が穢れる』『どうせ先代団長の娘とか団長の姪御と言うコネで入っただけのお飾りだ』と陰ながら言い放つも、私は誰に何を言われても諦めなかった。
ありのあらゆる厳しい訓練を乗り越え、自分よりも格上の騎士を相手に実戦訓練で負けを重ね、下らない嫌がらせをされても私は泣かずに耐え抜き、毎日、毎日を繰り返し続けた結果、日毎に積み重ねた努力の成果のお陰か、多くの騎士達は私を仲間として認めてくれた。
亡き母・スカーレットの娘でも、叔父・クリムゾンの姪としてでとない、1人の騎士カレンとして意識してくれた事を。
そして私は叔父上から与えられたディオス村への滞在任務に向かう途中、空腹の最中、あの森の中で、セリスティアと出会った。
カレン「……今となっては、昨日の様に感じるな。」
夜空を見上げながら、私は決意した。護ろう、例えセリスが仮に聖女でなくても、私はなろう、彼女を守る盾にと。
ああ、早く騎士団の訓練参加の事をセリスに伝えよう、きっと喜ぶだろう。私は鼻歌を歌いながら、私は『雌牛の足跡』へと向かったのだった。




