売人と仲間:02
若者を、CLUB「dove」の近くにあるコンビニに待たせておくと、
前原はメルセデスをとめてあるコインパーキングへと向かった。
あの若者の為だけに、いちいち車へと戻るのは億劫だったが、
コインパーキングに向かう途中、携帯電話を車に置き忘れているのに気づき、
車に戻るのはちょうどよかったのかもしれない、と思った。
コインパーキングに着くと、利用料金を機械に入れ、メルセデスに乗り込んだ。
前原はタバコに火をつけると、助手席にあるダッシュボードを開けた。
ダッシュボードの中には、銀行のATMにおいてあるような封筒の束が入っており、
その束とは別に一枚だけ萎れた封筒があった。
萎れた封筒を手に取ると、中身を確認した。
封筒の中には透明の「パケ」と呼ばれる、小さな袋が1つだけ入っていた。
パケの中には、灰色が濁ったような色をした錠剤が、2つ入れられていた。
錠剤には、アルファベットの文字が刻印されている。
先週「オーナー」から仕入れたネタの売れ残りだった。
ネタを見つめると前原は苦笑した。
オーナーに勧められて、10錠も引っ張ったが、
大した利益も出せないまま売れ残ってしまったのだ。
MDMAは何十、何百といわれるほど種類があるが、
前原の場合、仕入れられるネタの種類が、ある程度限られていて、
今回のように、稀に新商品が入ってくる。
そのネタが当たりならいいが、ハズレの場合は売人が苦い汁を飲む。
それ以前に、前原にとってMDMAは大した商売になっていなかった。
もっと上の売人になれば、取り引きする数も大きくなり、単価も下がってくるが、
前原のような末端に近い売人になると、数も少ないため、
1個で買おうが、10個で買おうが単価はさほど変わらなかった。
大概、オーナーから10個を30000円で買い
それを前原が持ってる顧客に、1つあたり4000~5000円で売っていた。
前原はネタを見つめたまま、また、別のことを考え始めた。
よくこんな物を喰うよな、と。
前原自身、MDMAを口にした事が無いのだ。
MDMAには覚せい剤の成分が入っているといわれ、
シャブ玉などとよばれているが、実際には樟脳などの不純物が多く含まれている。
そして、MDMAは1つ1つ種類も違うため、それぞれ混ぜ物の成分もちがってくるのだろう。
覚せい剤のように、炙って良し悪しを判断する手立ても無いため、
いきなり胃に流し込んで、初めて効き目がわかる。
そんなものを喰うのはやめとけ。
と、オーナーに嫌というほど聞かされていた。
また、こんなこともあった。
以前紹介された若者にMDMAを売ったあと、しばらく経ってから電話が入ったのだ。
女に飲ませたらヤバイ事になったから今すぐに来てくれ、と。
普段なら、こうしたゴタゴタに首を突っ込む事は無いが、
たまたま若者の住んでるアパートの近くに居たため、仕方なく寄ってみた。
「どうしたんだ!?」
部屋に入ると、少女がコタツに座っていた。
その、顔半分、目から下が紫色に変色して、大きく腫れ上がっていた。
「いつものネタでしたよね?」
若者は脂汗をかきながらいった。瞳孔がひらいている。
「そうだったな」
「普通に、いつもと同じように飲んで、少ししたらこんなになっちゃったんですよ。」
若者は今にも泣きそうな面になっていた。
少女は、私はこれからどうなってしまうんだ、
という絶望の眼差しで前原を見つめた。
その視線がひどく痛かった。
「いいか、医者には行っちゃ駄目だ、絶対に。それはわかるな?」
若者は頷いた。
「他になにか飲ませたのか?」
「ハルシオンでも飲ませようかと思ったんですが。」
「それも駄目だ。」
若者の言葉をさえぎった。
「なるべく体を温めて、水分をこまめに摂るんだ。わかるな?」
「顔はどうすればいいですかね・・・」
「大丈夫だ、安静してればそのうち良くなる。それでも良くならなかったらまた連絡しろ。
完全に良くなるまではおまえが傍に居てやれ、この子を絶対一人にするなよ。」
「わかりました。」
それが最善の処置だったのかは未だにわからないが、半日経った後、若者からお礼の電話が入った。
不思議なものだ、と思った。
前原が売ったネタで彼女が体調を崩したのにもかかわらず、お礼をいわれたのだから。
そしてその若者は数日後、何事もなかったようにMDMAを求めてきた。
女がどうなろうが構わない。
ただ、死なれたり、てんぱって警察に飛び込まれるのだけは避けたかった。
全ては自分が中心だ。それは今も変わっちゃいない。
前原はタバコを灰皿に押し付けると、エンジンをかけた。