売人と仲間:01
もうすぐ5月だというのに、この日は肌寒く感じられた。
前原は、愛車のメルセデスをコインパーキングへと入れると、
ソフトスーツのジャケットを着こんだ。
今日は日曜とあってか、夜の街は人であふれていた。
時折、すれ違う若者から挨拶をされると、無言で頷いた。
体が大きく、刈上げた頭とその風貌は、
若者からすればヤクザに見えるのかもしれない。
前原はタバコに火をつけると、メインストリートに面したビルの自動ドアをくぐった。
このビルは地下から4階まであり、3階まではゲームセンターや、雑貨屋などになっている。
エレベーターの4のボタンを押すと、エレベーターに乗り込んだ。
4階は、若者が出入りするようなCLUBになっている。
黒い、頑丈そうな扉の横には、CLUB「dove」と書いてある。
扉を押して中へ入ると、
フロントには、チケットなどを渡したりする為の小さなカウンターがあり、
そこには受付担当と思われる若者が2人座っていた。
この若者は知らない顔だったが、前原は手を挙げて奥へと進んだ。
若者は何か言いたげな顔をしていたが、黙って前原を見送った。
フロントを左に折れると、かなり広いスペースがあり、
左手にバーカウンターが、右手には小さなDJブースが設けられている。
そしてDJブースの横には大扉があり、奥へ進むと狭い空間がある。
右手側にはトイレが設けられているのだ。
それを無視してさらに真っすぐ進むともう一枚扉があり、
今頃その向こうでは、若者達が躍り狂っているだろう。
どうやら今日のイベントはHIPHOPらしいことが、客層や音楽からなんとなく伝わった。
若者は皆、太いジャケットやズボンを着つけており、
外国のギャングのような格好をしている。
前原はバーカウンターの隅へ腰を下ろすと、ジントニックを注文した。
バーカウンターでは、他に若者数人がジェンガをやっており、
バカ騒ぎをして、はしゃいでいる。
「よう、どうよ最近。」
カウンターの奥から男がいった。
髪をオールバックに撫でつけいて、背が高く、かなりの男前だ。
「うちはヤバイですよ、正直な話。」
「まぁ、取締りが厳しくなってから減ったもんな、人がよ。」
「でも、ここはいつも賑やかじゃないですか。」
「ここは金さえ払えば誰にだって貸しちまう箱だからな。
いまやってる主催のガキもまだ16、7だっていう話だよ。」
「時間の問題っすね」
前原は苦笑した。
「お互いな。」
そう言いながら男はジントニックをさし出した。
「克也はどうだ?」
「最近は顔も見せに来ないです。」
言いながら、ジントニックを喉に流し込んだ。
「こっちにも全然来ないからよ。元気でやってんならいいけどな。」
「いや、元気には元気なんすけど・・・。」
「なんだ、まだネタ喰ってんのか。」
前原は頷いた。
「オーナーなんだから、ちゃんと顔を見せろって言っとけ。
じゃねぇとこの箱、好き放題にやっちまうぞ。ってな?」
「今だってやりたい放題じゃないですか。」
前原は笑いながらグラスに口をつけた。
男はオーナーと幼馴染で、あいつには頭が上がらないといつも言っている。
理由は男から直接聞いた事はないが、
組を破門されて、燻っていたところを俺が拾ってやったんだ。
とオーナーから前に聞かされていた。
DJブースの横にある扉が開き、中の音が漏れてきた。
前原が扉の方を見ると、扉から出てきた若者が前原に向かって歩いてきた。
若者は緊張した面持ちで前原の隣りに座ると、カウンターの男が自然と奥に消えていった。
「すいません、玉かハッパあります?」
若者がいった。
「誰に訊いた?」
「長妻さんです。」
「ちっ、またか。」
前原はしかめっ面をした。
「すいません、ここで話かければネタ出してくれるって訊いたんで。」
「いいよ。あんたは悪くないから。
でも、今は玉しかないし、種類も選ぶほどないけど、いいか?」
「はい、いいっす。すいません。」
若者は何度もすいません。といいながら頭を下げた。
「わかった。じゃあ着いてきて。」
前原は席を立ちながらカウンターに金を置き、奥にいた男に頷きながら入り口の扉を押した。