過去と虎の尾:01
セルシオの姿が見えなったのを確認すると、マルボロを口にくわえた。
火をつけ、ゆっくりと息を吸い込むと、車を発進させた。
「小沢は時間の問題だぞ、これからどうするんだ。」
赤い目をした水谷がいった。
「それならいいきっかけじゃないか。」
青い目をした水谷がいった。
「きっかけ?なんのきっかけだ。」
「やめるきっかけだよ、シャブなんかくだらねぇよ。」
「はっ、やめる?今さらなにを言ってるんだ。
それができないから、こんなくだらない事で悩むんだろ。え?違うか。」
赤い目をした水谷が捲し立てた。
「一生こんな事を繰り返すつもりなのかよ。いつかパクられるぞ。いいのかよ。」
「いいさ。覚悟はしてる。」
「いや、わかってない。おまえは全てを軽く考えすぎているんだ。」
「いずれかはやめる。ただ、今はまだその時じゃない。」
太陽はまだ金色に輝いていた。次第に朱色に帯びて、そして薄れていくだろう。
BMWはホテル街の一角、「dream」へと入った。
回転式の駐車スペースに車をあずけると、水谷は車から降りた。
肩からショルダーバッグを提げ、途中コンビニで買ったビニール袋を手にしながら、
ホテル「dream」のドアをくぐった。
中へ入ると、左手に広いスペースが設けられてあり、
そのスペースには、フランスをイメージさせるテーブルと椅子が3つ程並んでいる。
恐らくはこのホテルのコンセプトなのだろう。と、初めて来たときに思った。
右手にはフロントがあり、その隣りには、部屋を選ぶパネルが置かれていた。
休日とあって部屋は2室しか空いていなかった。
水谷は特に迷う様子はなく、「501」のボタンを押した。
すると、画面に「ご利用ありがとう御座います。レシートをフロントまでお持ちください。」
と、表示された。
吐き出されたレシートを取り、それをフロントへと出した。
「ありがとうございます。こちら代金先払いになっております。本日はご休憩でしょうか?」
顔は見えないが、中年と思わしき女の声だ。
「いや、このまま宿泊だ。」
「あっ、でしたら・・・。少々お待ちください。」
少し間があり、中年女性に宿泊込みの料金を告げられると、
それに従い、金を出した。
「ちょうど頂きます。ではこちらですね。」
部屋の番号の刻印が入った鍵を渡された。
水谷は鍵を受け取ると足早にエレベーターへと体をすべりこませた。
慣れたものだ。
半年前にこの「dream」と出会って以来、
「ネタ」を使うときは必ずといっていいほど「dream」を利用している。
ラブホテルは事件性を考えて、男が一人で入ったり、
カップルで入り、男が先に帰ったりするのを嫌う。
「dream」はそれがない。
ただ、毎回顔は見られている。いつも一人で利用する青年として。
だがそんな事は知った事じゃない。
料金はけっしてリーズナブルなものとは言えないが、
その分、防音がしっかりしてあるのも重要だった。
前に、安いのを理由に入ったホテルの防音がひどく、
隣りの部屋の話声や、従業員の歩く音などが聞こえてきて、
落ち着いて「ネタ」を使えなかったのがトラウマとなっている。
5階でエレベーターが止まると水谷は降りた。
左へ曲がっていくと、「501」の部屋の番号が点滅している。
「501」の鍵を差し込み、まわすと、深く息を吸い込んだ。
今回は「501」が【夢】の舞台だ。