過去と売人:03
先客がいるからもう少し待ってて。
そう小沢からメールがきたのは、覆面パトカーが東口のロータリーに入ってくる少し前だった。
電話のあと、小沢のセルシオはものの5分もしないうちにロータリーへと入ってきた。
水谷が停まっていたコンビニ前からは、出入りする車が見渡せた。
入ってくるなり、小沢も水谷に気づいた様子で、目と目が合ったような気がした。
セルシオはロータリーを一旦、左に流れ、
そのまま円を描くように、右へぐるっとまわってくるかと思いきや、途中で停止した。
ちょうどBMWと、ロータリーの中心を挟んだ形になった。
そしてメールが入ったのだ。
スカイラインが「職質」を行なったあと、ロータリーから去っていくと、
駅に電車が停まったらしく、駅構内から数人の男女が出てきた。
その中の、若い女がセルシオへと乗り込むのを水谷は目で追った。
女は髪を金色に染めており、ジーンズのショートパンツにTシャツという格好だった。
おそらく、まだ20代前半だろう。
セルシオは女を乗せると、ロータリーから消えていった。
コンビニ前をゆっくり通過した時、女は車内からこっちを見ていた。
水谷は自分を見て、笑われているような気がした。
水谷はその女が座っていた助手席で、小沢と会話を続けた。
「さっきのとは関係ないと思うけど、最近仲間がパクられたんだよ。」
水谷は息を吸い込んだ。
「本当ですか?でもまたなんで・・・」
「客からのチンコロだって」
売人などが逮捕されるきっかけの9割が密告と言われている。
客が逮捕されたのちの取り調べで売り込みする者、
業者同士の小競り合いなどもあると言われる。
「そうですか。」
仲間が持ってかれたのに、あなたはいつも通りで大丈夫なんでですか?
と訊きたかった。が、水谷は話題を変えた。
「今回のはどうですか?」
小沢は黙って透明のパケに入った覚醒剤を渡した。
今回は予め、1g欲しいと言っておいた。
水谷は「ネタ」を受け取ると、それを足元に持っていき、
うずくまる様にして「ネタ」を確認した。
「いつもと同じですか?」
体を起こすと、言いながら福沢諭吉4枚を渡した。いつもやりとりしている流れだった。
「うん、同じ」
いつもと同じで十分だった。
小沢の「ネタ」はハズレが、ほぼないからだ。
いい「ネタ」が入ったときには、小沢から連絡がくる。
今回のはいいけど、どうする。などと。
今回のように水谷から連絡をとった場合は、大抵はいつもと同じ「ネタ」だ。
普通の小売人は味にうそをつく輩が多い。
大してよくもない「ネタ」をいいと偽って売るのだ。
そうでもしないと、よくもない「ネタ」は誰も欲しがらないため
売れ残ってしまい、最終的には自分が苦い汁をのむハメになる。
客は、それなら次の「ネタ」まで我慢します。
などと言ってくるだろう。
小沢はそれがない。
同じなら同じ。よくないならよくないと正直に言う。
いつもと同じ「ネタ」が上質で、金額も末端にしては良心的だ。
こうなると客も、よくない時だけいらないとは言うわけにはいかない。
困った時はお互い様。という様な、変な関係がいつの間にか出来上がってしまう。
「じゃあ、またお願いします。気をつけてくださいね。」
そう言い残すと水谷はセルシオを降り、足早でBMWへと乗り込んだ。
小沢は水谷に向かって右手を軽く挙げると、セルシオを発進させた。
(小沢もあと少しかな)
小売人は消耗品と言われている。水谷もそれは知っていた。
仮にもし、小沢が逮捕されていなくなってしまったあとの事を考えると、
少しだけ憂鬱な気分になった。