過去と売人:02
「悪いけど西口に来て」
そうメールがきたのは2時20分だった。
東口のコンビニ前でタバコを吸っていた水谷はタバコを捨て、慌ててBMWに乗り込んだ。
炎天下の中、外に30分以上居続けた水谷の体は、ひどく汗ばんでいた。
車内はさらに暑く、冷房が効き始めるまでさらに汗が噴き出した。
(1時間近く待って、更に場所変えか。)
苦笑を通り越し、自然と無表情になっていた。
この相手と初めて待ち合わせをしたとき、来るのがあまりに遅いので、
-まだですか。
と、何度も訊いてしまい、相手から、
-黙って待ってろ!
と、一喝されたことがあった。
客は「待て」と言われれば、犬のようにただジッと待つしかない。
そして相手が「ここに来てくれ」と言えば、1分1秒でも早く行かなければならない。
相手の餌が欲しいばかりに。
相手の機嫌を損ねれば、次から餌が貰えなくなるかもしれない。
はじめ水谷は、この世界の人間は全てがおかしい。と幾度も思った。
だが、どこの世界にも強者と弱者が存在する。
強者はその権力で弱者を動かし、気に入らない者がいれば弱者を排除する。
弱者はただ黙ってそれに従うしかない。
少なくともこの世界での水谷は弱者でしかなかった。
そもそも『この世界』などという言葉自体おかしいのかもしれない。
世の中全ての人間がこの水谷と同じで、あるきっかけ一つで覚醒剤に溺れてしまうのかもしれない。
その可能性は、絶対に無い。とは言い切れないのではないか。
この世界、全てが濁ったグレーなのだから。
西口前は東口とは違って、こじんまりとしている。
建物も昨年新しく移ってできたテレビ局が建っているだけだ。
ロータリーに停まっている車も少なく、タクシーを除くと、この時間は3台しか停まっていなかった。
水谷はロータリーの一番後ろに停まっていた『セルシオ』のケツにBMWを停めた。
すばやくBMWから降りると、そのまま『セルシオ』の助手席に体をすべりこませた。
運転席には、頭を刈り上げ、黒と白の派手なスウェットを着た30代半ばの男が踏ん反り返っていた。
初めて小沢に会ったとき、水谷はその風貌に、呆気にとられた。
小沢は片耳に注射器を掛けており、もう片耳にはストローで作られたスコップが掛けてあったのだ。
ただでさえ見た目が派手で目をつけられるというのに、
この人はアホか。捕まりたいのか。
と、幾度も思った。
「大丈夫でした?」
いかにも心配そうな顔で水谷はいった。
「あれはちょっとあせったな。」
小沢は笑顔でいったが、目には強い力が込められているのを水谷は見逃さなかった。