売人と仲間:07
長妻は前原に構うことなく、ネタを作り始めた。
まずはストローで作ったスコップでパケから適量のシャブを取り出し、
それをライターで砕くと、ポンプ、オレペン、と呼ばれる注射器へと流しこんだ。
「10っ位でいいよな?」
長妻が訊いた。
「えっ?」
前原はわざと聞こえてないふりをしたが、長妻はそれを無視して、
先ほど持ってきた水道水をポンプへ吸い上げた。
「ほら、こっち来て、あとは自分で溶かせよ。」
玄関前のドアに立っていた前原にいった。
「前原はシャブ中ではない。」
売人として、必要最低限喰う程度だ。
必要最低限というのは、売人として今回のネタは良いか悪いかを知る必要がある。
大抵の売人は多少悪いネタでも、今回のは悪くない。などと言うが
客は、悪いネタを良いネタと言われるとその気になってしまい、
今回のネタが悪い気がするのは、セッティングや、体調のせいか。
などと思ってしまう事がある。
前原の場合、MDMAは喰わないが、シャブと草は喰って試す。
前原も他の売人と同様、客には嘘をつくタイプだ。
しかし、万が一クレームがきたときの為に、味の良し悪しを知っておく必要があった。
悪いネタを出して、クレームがきたら次回は少しサービスする。といったものだ。
もっとも、良いネタをだしてクレームなんかはきたことがない。
客もネタには正直なものだから。
前原は、無言でネタの入ったポンプを受け取ると、黙ってネタを溶かし始めた。
「前原はシャブ中ではない。」それは自分で思っているだけの事で、
実際目の前でネタを作られて、それを黙って見過ごせるほどではない。
すなわち自覚はしていないが立派なシャブ中だ。
知らずのうちに興奮してしまっている自分がいる。
しかしそんな事はお構いなしで、一心不乱にネタを溶かしている。
前原はテーブル横に添えつけられているソファに黙って腰を据えると、
ソフトスーツのジャケットを脱ぎ、シャツのボタンをはずすと、腕を捲くった。
大きく見開かれた目は、腕の血管に集中している。
ネタを射れ終わり、ポンプを抜くと、前原は大きく息を吐いた。
「こ、このネタぁ、うちのヤツじゃないですよね。」
かなりの良いネタだった。
「おう、いいだろ。昨日、知り合いのヤクザから引っ張ったんだ。」
ふと思った。それなら何故、俺を呼んだのか。
「あれ、ショウくんは喰わないんですか。」
ポンプを掃除しながら前原はいった。
「おう、俺はいいよ。さっき喰ったばっかだしな。」
暫く沈黙が続いた。
「女って、いつになったら来るんですか。」
たまらず前原が切り出した。
「もうすぐ来るだろ。」
薄ら笑みを浮かべながら長妻はいった。
5分程すると、長妻の携帯電話が鳴った。
反射的に前原の体が、ビクっと反応した。
「ほら来た来た。」
長妻はいった。
「もうそこまで来てるみてぇだから、お前行ってやれよ。」
どうやら玄関まで来ているらしい。
前原は軽いフットワークで玄関まで行くと、穴を覗いた。
若い女が一人立っていた。
前原はその女を見た瞬間、鳥肌が立った。
「あの女」だ。