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神花の契り  作者: 廃人仙女
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天界の後継者

 散華の姿が完全に見えなくなってから、渓月は小声で言った。

「霊力がある程度ある場合は、自分の体を霊力が包んでくれるのですよ。ですが永池の場合は、それが全く目立たないので、師匠にも霊力の低さがわかったのです。理解しましたか?」

「なるほど。ありがとうございます、師匠。完全に理解しました」

 二人は肩を並べてひたすらまっすぐ歩いていると、扁額に「大殿」と書かれた宮殿から重厚な純白の衣類を身にまとった男が現れる。見るからに若くはなく、近くに世話係らしき神官がいるところから見ると天宮での身分はかなり高いらしい。

 そんな男があろうことか、渓月らの前までまっすぐ歩いてくるではないか。永池はつい怯えてしまい、何の迷いもなく渓月の背中に隠れた。

「渓月。久しぶりですね。」

 と、男がにこやかな様子で渓月に話しかける。

 それに対して、渓月は何の迷いもなく、最上級の拝礼をした。永池もそれに合わせて慌てて礼をする。

「早く立ちなさい。ところで本日は何用で天宮に来たのですか?普段は神花域から一歩も出ないと噂になっているくらいなのに」

「一体誰から吹聴された噂ですか?いくらなんでも域外へ一歩も出ないなんて事はありませんよ。先月までも遊歴していたくらいですし」

「それは主神の修行の一環として、でしょう」

 永池は渓月たちがあまりにもなごやかに談笑している側で、思いっきり体を固めていた。

「ところで、渓月。この者は?」

 男の視線は誰から見てもわかるくらい、永池に向けられている。

「天君。少し離れて、そのことについてお話ししてもよろしいですか?」

「うん」

 永池だけがちっとも状況をつかめない中、渓月たちは彼のところまで、話し声が届かない場所へ移り、何かを話し始める。

 少ししてから、男がいつになく真剣な面持ちになる。それから自然と渓月が男を見送る形で、男はその場を後にした。

「師匠!」

 永池はすぐに渓月の元へ駆け寄る。

「どうかしましたか?」

「師匠、さっきの人は誰なのですか」

「さっきのお方は天君ですよ。この天界の主です」

「え!?」

 渓月は優雅に微笑みながら先へと進もうとする。しかし、永池は足ががたがたと震えてしまっているせいで、その場を動くことができない。

「永池。どうしたのですか、行きますよ」

 見かねた渓月は永池の近くまで歩いて戻ってくる。

「師匠、どうしましょう。わたしは先ほどの方が天君だとは知らなかったのです。無礼な真似をしてはいなかったでしょうか?」

 彼女は微笑みを携えたまま、永池の頭をそっと撫でる。

「大丈夫。天君もそこまで厳格なお方ではありません。先ほど少しお話ししましたが、ちっとも怒ってないご様子でしたよ。ですから、安心して。我々は先へ進みますよ」

「はい!」


 渓月が永池を連れてやってきたのは、種類もわからない木々と純白の壁に囲まれた宮殿だった。扁額には、秋桜閣(しゅうおうかく)、と白金の文字で書かれている。

「師匠、ここは?」

「ここは、天界の皇子らが学問を行う場所です。とはいえ、今はここで学問を教わるものは一人もいませんが」

「どうしていないのですか?」

「失踪したからですよ。八年前ここで学んでいた天界の後継者が天宮の外の修行に出たきり、戻ってこなくなってから、ここで学ぶものは一人もいなくなりました」

 不意に、誰かが何をしたわけでもないのに永池の腕が急に痛み始める。黙っているだけでは、耐えられないほどの痛みだったらしく、彼はまず歯を食いしばり、それから息を漏らし、最終的にうずくまりありったけの叫び声を上げる。

「永池?どうしました?」

「し、し、師匠......。て、腕が......痛いです。何かに刺されているみたいに痛くて......」

 渓月はすぐに、永池の袖をめくり痛みの元凶を探す。それはすぐに見つかった。

(やはりこれか。ということは、彼が......)

「師匠。この痛みはなくなりますかね?」

「もちろん」

 目に涙の膜が張っている永池を見ながら、彼を慰めるが如く渓月は言った。

「わたくしを信じなさい」

 永池がうなずくかどうかのうちに、渓月は彼の腕にある後に向けて霊力を送り始めた。すると、ほどなくして彼の腕から猛烈な痛みがなくなっていく。

「師匠、もう痛くないです」

 と、言いながら、あろうことか永池は動き出そうとする。渓月はわすぐに左手で彼の肩を掴んだ。

「動かないで」

 その言葉だけで永池は動きを止める。その代わりに目だけは必死に霊力を送っている渓月に向けていた。

「師匠、この後は一体何のですか」

「......神花痕」

「それはいつかなくなるものなのですか?」

 渓月は送っていた霊力を止めながら、静かに首を横に振る。

「永池。秋桜閣に入りましょうか」

「でも、ここで何をするのですか」

「決まっているでしょう?天界のことを知るのですよ。この中には、天界に関する書物なら何でもあります。まず天界の基本的なことを知るには、ここで学ぶのが一番ですからね」

「でも、ここで学ぶのは許しがないとできないのではないのですか?」

 渓月は永池の左腕を引きながら立ち上がった。

「大丈夫。許可なら事前に得ていますから。行きますよ」

 秋桜閣には、天界で最も書物が集まる場所だと言われている。そのこと自体は渓月も既に耳にしていたが、それでもつい息を呑んでしまうほどの書物がそこにあった。殿内の壁一面が全て書棚となっており、その全てにぎっしりと書物が詰まっている。

 永池に読ませる書物を探す前に、渓月は一旦彼を秋桜閣中央にある椅子に座らせようとしたところで、どこからともなくやたら背筋が伸びている白髪の男が近寄ってきた。

主神(しゅしん)、初めてお会いしますね。わたくし、緒明(しょめい)と申します」

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