天宮での再会
永池が渓月の後ろ姿を追いかけるのに必死になっている間に、二人は天宮に入ってすぐのところにある池にかかる橋を渡り終えていた。
天宮内に入っても、永池は相変わらず怯えてばかりだったが、それに反して宮中にいる天人は皆恭しく彼らに水を譲っている。
「師匠、皆どうしてわたしたちに道を譲っているのですか?」
「簡単ですよ。わたくしが、彼らよりも上位にあるからです。ですから、わたくしがいる限り他の神官に襲われることはありませんので安心してください」
ようやく永池が得意げになったところで、初めて彼らに道を譲らない神仙が現れた。彼女は緩く結った髪を蓮のかんざしで止めていて、身に纏っている薄桃色の衣は一目見ただけで上等品だとわかる。
渓月は彼女の姿を見た瞬間に、その場に跪いて拝礼した。
「師匠」
渓月に師匠、と呼ばれた神仙が微笑を浮かべる中、永池だけは状況を呑み込めないでいた。
「渓月、ようやく参内したのですね。早く立ちなさい」
と言われてようやく渓月は立ち上がった。
「師匠。久方ぶりですが、天宮ではいかがお過ごしでしたか?特に変わりありませんか?」
「ええ。近頃天界で起きていることには悩まされていますが、それ以外は特に。渓月もわたくしを悩ませることはありませんし、主君も非常に良くしてくださいます。ところで」
蓮の神仙は、渓月に向けていた視線を不意に永池へと向ける。
「この者は誰です?」
「わたしの弟子です。俗境に辿り着いた時に偶然出会ったのです。あまりにかわいそうだったので、引き取り弟子にいたしました。名を永池と申します」
「永池?まさか、例の御子と関係があるのですか?」
渓月は目を伏せ、静かに首を横に振った。
「わたくしも最初はそれを疑ったのですが、現状は何とも言えません。確実に違うとも、そうだとも言える確証がいずれにしてもないのです」
「わかりました。そういうことなら、わかるまでじっくりと待てばよい」
蓮の神仙は渓月の眼前から離れ、今度は永池の正面に来る。
「あなたが永池ですね?」
「......はい」
「初めて会いますよね?わたくしは散華と申します。天宮の帝神で、渓月の師です。あなたからすると、師母という立ち位置でしょうかね」
瞬間に永池はその場に跪いた。
「申し訳ありません。師母とは知らず、拝礼もせず申し訳ございません」
「立ちなさい。知らぬ者は無実、とよく言うでしょう。これから気をつければよい」
散華は上品に笑いながら、体の重心が定まらない永池を支える。
「渓月。この子はまだ霊力が弱いですね。師として、しかと教育するように。もし何かあれば、迷わずわたくしを頼りなさい」
「はい。かしこまりました」
言うや否や渓月は脇道へ寄り、散華に道を譲った。散華の後ろ姿を見ながら、永池は小声で訊く。
「師母はどうしてわたしの霊力が低いことを見破ったのでしょう?」