紅心花の予兆
渓月が神花縁を切ってから、永池の脳裏には失っていた過去の記憶を次々と取り戻すようになっていた。そして今散策中にようやくすべての記憶が取り戻されたのだった。
永池は奇妙な懐かしさを覚えて、芳香殿に行ってみることにした。しかし、歩き始めてから、ほどなくして、背後から彼を呼ぶ声が聞こえてくる。
「天君! 天君! お待ち下さい!」
沙煙の声のようだった。永池は一体何事か、と思いながら振り返る。少しすると、沙煙が永池の前に止まった。
「……大丈夫か?」
沙煙があまりに息を切らしているので、つい永池が声をかける。だが、彼はただ手を振りながら、息を整えるだけだった。だんだんと息が整ってくると、彼は少しずつ話し始めた。
「天君、実は星に異変が起きていまして……」
「異変?」
「はい。実は、先月の政変で紅心花の命運が他の神花と共に行ったはずなのですが、何故か今日それが復活したのです。わたくしが見るに、半年以内に天君と縁のある紅心花が出現するやもしれません」
「それは……帝神殿が戻ってくると言うことか?」
だが、沙煙は力なく、首を横に振っただけだった。
「さぁ。そこまでは正直わかりかねます。帝神殿の雲は、あの日の政変で間違いなく散りました。そして、その子は星にも現れております。しかし、今回出現した紅心花の星はどこか帝神殿のものと根本が似ているような気がするのです。しかし、星自体は別物で……。このような奇妙な現象はわたくしはおろか、師匠も見たことがないとおっしゃるものですから……」
「じゃあ、その星は帝神殿とは全く関係がないかもしれない、と?」
沙煙は残念そうにうなずきながら答える。
「はい。ですが、このような可能性もないと言うわけではありません。帝神殿は神花と紅心花の両方の命運を持つお方でした。ですので、神花としては既に散ったけれども、その後転生して紅心花として再度蘇る可能性もあるにはあります。そして、本日観測された紅心花の星が、転生した帝神殿であるかもしれない、と言うのは否定できません」
永池は沙煙が話している間、じっと彼を観察し続けていた。臣下である以上、ある人を慰めるための嘘をつく可能性も全くないとは言い切れないからだ。しかし、彼の眼前に映る沙煙は純粋にからの人ともに話し合った結果をただ報告しに来ただけ、と言う様子だった。そしてそれは永池にとっては大きな励ましとなった。
(師匠が戻ってくるかもしれない)
いつになく、鼓動が速くなるのを感じながら、極力興奮を抑えて永池は言った。
「司命殿、星をよく観察しておいてください。もし、紅心花の命運星に何かあれば、すぐにわたしに報告して。異変があれば、たとえわたしが寝ている時でも報告に来てくれて構わない」
「はい。その時は必ず、我が師とともに報告に参ります。神花の転生について、今師匠に調べてもらっているので」
「わかった。じゃあ、その時が来たら、二人で来てくれ」




