永池の幼少期
永池は永聡と天后の長子として天宮内で生まれた。永聡が成婚してから長い間子がいなかったことに加え、彼は神花痕を持って生まれたため、永池の出生は天界中を沸かせたのだ。
そして、その期待に応えるかのように、永池もまたよく勉学に励み、これまでの天帝候補者の中でも、最も強大な霊力を得るまでになったのだ。
彼が十歳の時、穎水によって手配された妖族の地で行うことが決まった。今までの天帝後継者の中で、最年少の他界修行者となったのだった。
だが、彼は修行へ行く前に、密かにかつて母親が居住していた住居と向かった。そこは後宮の最奥にあり、周りからは何の音も聞こえないくらいひっそりと静まり返っていた。
『芳香殿』
と書かれた額の下で、永池は地べたに座り、亡き母親に向けて語りかけていた。
(母上。わたしはもうすぐ妖族の地へ修行に行きます。ですが、どうかご心配なきよう。わたしは必ず、修行を二年で終えて戻ってきます。戻ってきたら、またここへ挨拶にきますね。)
永池の母親である天后は彼が六歳の時、永聡に殺されてしまった。当時、彼は母親に一体何の問題があるのか、全くわかっていなかった。だが、永聡には彼女を殺す理由があるのだろう、とは直感的にわかっていた。だが、それでも、彼にとって天后が唯一の母親であることには変わりない。そのため、何かあると人目をはばかりながらも、この芳香殿に一人足を運んでいたのだった。
彼が芳香殿に足を運んだ翌日、穎水の手引きで妖族の地へと向かうことになった。しかし、穎水が連れてきたのは、なぜか見るからに狂った者が辺りをついている、何とも奇妙な場所だった。
「叔父上、ここはどういう場所なのですか? まさか、妖族の地というのはこのような場所なのでしょうか?」
穎水の後ろ歩きながら、得体の知れない不安に駆られた永池は仕切りに尋ねていた。しかし、穎水は何の答えも与えてくれなかった。
少しして、彼が唐突に頬止める。
「殿下、つきましたよ」
しかし、永池に見えるのは、やはり狂人だけが辺りに座っていたり、寝転んでいたり、もしくは踊り呆けていたりする、なんとも奇妙な光景だった。そして、そこは、明らかに妖族の地などではなかった。なぜなら、通りの至るところに『俗境』と書かれた締めが立っていたからだ!
「しかし、叔父上、ここは俗境ですよ? わたしが修行を行うのは確か、妖族の地ではありませんでしたか?」
「そうですね。最初は確かにその予定でした。しかし、当初とはちょっと予定が狂いましてね。妖族の地には殿下を受け入れる余裕がなくなったそうなのです。ですので、その代わりとしてこの俗境を殿下の修行の場として用意したわけです」
「しかし、わたしはまだ修行者としては、まだまだ未熟です。このような場所に入れば、わたしはおそらく霊力を失い、天界での記憶を失ってしまうでしょう」
「そうでしょうね。まぁ、そうなってくれればありがたいんですけどね。さて、雑談はこれくらいにしましょう。殿下も修行を始めてください。何しろ、ここはわたくしが用意した場所なのですから」
穎水は永池の反発を許すことなく、天宮へと戻っていった。永池は彼の後を必死に追いかけようとしたが、なぜか俗境からは出ることができなかったのだ。きっと、修行者の呪いをかけられたためだろう。それをかけられたものは、問答無用で、最低二年は用意された土地を離れることはできなくなる。
永池は「修行」のために俗境に来て、そこを出られないとわかってから、地面に『自分の名前は永池だ』と書いておいた。いつのひか、天界の記憶が消えてしまうときのために。いつか、天界の者が自分を探し当てたときに、名前だけでも伝えられるように。
そしてそれは、八年後、渓月が偶然俗境を訪れたときに、ようやく功を奏したのだ。ただその時は、永池には天界での記憶などをすっかり抜け落ちてしまっていたが。




