今生の別れ
空中に舞う花びらは、なかなか地上には舞い降りてこない。それを見ながら、穎水は絶望したような顔つきになる。
そのためか、永池が注意力を穎水から逸らし、渓月へと視線を向ける。彼は、のっそりと渓月に近づきながら言った。
「師匠、大丈夫ですか……?」
しかし、その時、渓月は見てしまった。永池の背後で、穎水が最後のあがきをするかのように、落ちていた剣を拾い、彼に向かおうとするのを!
渓月はとっさに、彼を左手で突き飛ばし、右手で懐から扇子を取り出した。それから、自身にわずかに残っている霊力を全てその中に込めると、穎水に向けて力の限り仰いだ。すると、穎水は見事に後ろ突き飛ばされ、後方でいつの間にか倒れてしまっている私兵たちの上に乗っかった。
その勢いがあまりにも強かったのか、穎水は着地すると、勢い良くその場で血を吹いた。その後で、彼はすぐに。渓月の元へ剣を突き刺そうとしたが、そんな体力がもう残っていないことと、代わりに扇子を使おうにも、扇子に込める霊力も壊滅的になくなっていることに気がついた。
だが、霊力を失っているのは穎水だけではなかった。渓月は穎水へ向けていた扇子を力なく地に下ろした。それから再び少しだけ血を吐く。その時、ちらりとめくり上がった裾の下にある彼女の左手首には、もう何の光も帯びていない神花痕があった。
「師匠、大丈夫ですか?」
穎水の様子を確認してから、永池が渓月の元へと近づいていく。しかし、彼女はその場からわずかたりとも動こうとはしなかった。
永池が彼女の傍に絡み込む。すると、彼女はようやく弱り切ったたような視線を永池に向けた。
「どうしてここへ来てしまったのですか? ここは危険だと知っているはずですよ。ほら、わたくしの後ろにずっと控えてくれていた兵士たちも、皆知らない間に重症を負っているくらいですから」
「そうですね。でも、わたしも実はよくわかっていないのです。東桜殿を師匠が出ていった時、追いかけるために扉を開けたら、何者かにここへ連れ込まれていました」
「そうですか……それなら、もし今後こういうことがあったら、何があっても扉を開けてはいけませんよ。次は、もしかするとわたくしもことができなくなるかもしれませんから」
「はい。わかっています。でも、今はそんなことを言っている場合ではありません。師匠は、すぐにでも天宮へ戻って体を回復させないと」
しかし、渓月はゆっくりと首を横に振った。
「いいえ。わたくしはもう天宮へ戻ることができません。そんな力など、もう残ってはいませんから」
「師匠、でも……」
「永池。我々は今日で今生の別れを迎えることになります。ですが、永別と言うわけではない。わたくしはきっと戻りますから、その時を待っていてくださいませんか」
渓月が涙を絡んだ声で行った時、天を舞っていた花びらが一片だけ、彼女の膝に舞い降りた。そして、それは不思議なことに、彼女の一部になるかのごとく膝の中に溶け込んだ。それが合図でもあったのか、渓月もまたその場に崩れ、淡い桃色の光を放ちながら花びらと化した。散華の花びらが地上に下り、渓月の花びらが手を舞う中、永池はゆっくりと視線を再び穎水に戻したのだった。




