はじめての天宮
「それはどういう意味なのですか?」
永池が文字通り首を傾げる中、渓月はまるで彼らのことが視界に入っていないかの如く、宿した霊力消して歩き始めた。その後を、彼は慌てて追いかけていく。
「文字通りの意味ですよ。彼らは。邪術に当たっています。邪術というのは、我々が使う霊術とは相容れないものです。ですから、彼の邪気に対して我々が霊力を使って治療を試みたとしても、きっとただ使った霊力を跳ね返されるだけに終わります。ですから、天界の霊力を用いて患者を治療する医者に、彼らを治療することはできないのですよ」
「なるほど。よくわかりました。ところで師匠、邪術とは一体何なのでしょう?」
「さあ、それを深く解する者はこの天界にはいないでしょう。わたくしもその一人ですし。ただ、邪術とは人の邪念を利用した術だということだけは聞いたことがあります」
突然出現した曲がり角を、渓月が右に曲がる。先へ数歩歩いていた永池はすぐに戻り、渓月の背中を追いかけていく。
曲がり角を曲がっただけなのに、そこには先ほどまであった露店が一切姿を消している。その代わりに、辺り一面に白濁した霧が広がるばかりだ。
「師匠、何だか不気味な場所ですね。わたしたちは一体どこへ向かっているのですか?」
「天宮ですよ」
その道をまっすぐ抜けていくと、次第に霧が薄くなっていった。そのついでに、永池は辺りを凝視してみるが、純白の壁がある他は塵一つ落ちていない。再び彼が正面を向いた時、その眼前に広がる光景に息を呑んだ。
「し、師匠。これ......」
彼らに眼前には、純白に城壁に囲まれた、やはり純白の宮殿がその姿を現していた。
「ここは天宮です。これから入りますからね」
ごく当然のように先へと進んでいく渓月の袖を、永池は震える手で掴む。
「どうして、我々がここへ入るのですか?」
渓月は彼に向き直り、その両腕を優しく掴む。
「あなたが天界のことを理解するためです。そのためには、天界の政を司る天宮に来るのが一番ではありませんか」
「でも、天宮なんて滅多に入れるところではないでしょう?」
「そういえば、あなたはまだ知らないのでしたね。わたくしは天宮で主神という位に就いていまして、これがそこそこの高位にあたるわけです。ですから、わたくしは門限の範囲内であれば、天宮に入ることができるのですよ」
「それなら、わたしは?」
「わたくしの付き添いとでも言えば特に問題はないでしょう。さ、行きますよ」
永池が慌てて手を伸ばすものの、それを見事にすり抜けながら渓月は天宮の門へと歩を進めていった。仕方なく、彼は大きく息を吐きながら渓月の後ろ姿を追いかけていく。