絶ち切られた神花縁
「やあ。よくぞ、ここまで来てくれた。ん? お。その扇子は使い勝手が良いだろう? 単に仰ぐのも良いが、霊力を蓄えて大きな風を巻き起こすのはもっと気分が良いと思わないか?」
穎水は懐に永池を置いたまま、自らの扇子を振り回している。そのせいで、散華の警戒心が一気に高まった。
「穎水、早く天君を話しなさい」
「なぜだ? わたしは今謀反を起こしてるんだぞ。それなのに、お前らの主をそう簡単に手放すと思うか?」
薄ら笑いを浮かべたまま余裕を見せる穎水に、渓月は扇子を逃げる手に力を込めた。
「思いますよ」
と、渓月がと断言した瞬間、その場にいたすべての物の視線が一気に彼女の元へ集まった。
「渓月、一体何をするつもりですか……?」
彼女の隣で、明らかに誰よりも戸惑っている散華の声が、まるで聞こえていないとでも言うかのように、彼女は無言を貫いたまま、左手首をあらわにさせる。そこには、尋常じゃない桃色の輝きを放つ神花痕があった。
「渓月、その神花痕……」
と言う散華の声を押しつぶすかのように穎水が吠えた。
「それは一体どういうことだ! どうしてお前の神花痕はそんなことになっているんだ!」
「どうしてだと思います?」
「……? まさかお前、神花縁を絶ち切るつもりなのか?」
不意に穎水が警戒し始め、永池もまた動揺し始める。穎水の背後に控えている兵士たちも、また、彼らの動揺を感じとったかのように、剣を強く握り締める。そんな中で、渓月だけは異様なまでの落ち着きを保っていた。
「ご名答」
と、渓月がやいなや、その手に持っていた扇子を目にも留まらない速さで懐にしまい、散華の手に握られていた剣を奪い取る。それから、渓月の全身に走っている神花独自の霊脈(霊力を操るために必要な脈)を全て切った。その瞬間、
「おい、やめろ!」
と、穎水が永池を突き放し、渓月の元へと駆け寄った。
「一体お前はなんてことをしたんだ!」
「なんてことを、とは? わたくしはただ神花縁をだけです。それがどうかしました? わたくしが自ら神花縁を切れば、主君を寿命の制限から解放することができて、あなたへ霊力を献上する者も一人減るのです。こんなにも良き点があるのに、わたくしがしないとでも思いますか?」
「いつから気づいていたんだ? お前が修行した分の霊力はわたしのものになる、と」
「わたくしが修練を終えるたび、あなたの霊力がまた強力化したと聞きました。一度や二度であれば疑わないでしょうが、毎回であればわたくしがその関連を疑わないはずがないでしょう? ただ残念なことに、いつこのことに気づいたか、と言うのはわたくしももう覚えていません。もう、ずいぶん昔の事ですから」
「上等だ。さすが、わたしの娘だな。だが、お前一人が霊脈を絶ったところで、わたしの霊力が無になるわけではない。一輪でも神花が生きている限り、わたしの霊力は保ち続けられる」
「そうですね。ですが、これまであなたの霊力の大部分を占めていた、わたくしの修行の成果は、今やすべて無用になりました。あなたの霊力は修行を始めたばかりの者のように弱まっている」
「うん。だが、霊力と言うのはどれだけ持ち合わせているかも大切だが、どう使うかも大事なんだ。その点お前はどうなんだ? お前はもう霊力がわずかでさえも残っていないだろう? それに、紅心花の修行もしていないから、その霊力があったとしても、どう使えばいいかわからないはずだ。そうだろう?」
穎水がまた鬼の形相になると、遠くからの軽い物音が渓月らの耳に入ってきた。




