邪術をかけられた兵士たち
渓月一行が戦場へ到着すると、永池側の軍と穎水側の軍はなぜか水蓮園に戦いの場を移していた。しかも、奇妙なことはそれだけではなく、単身戦場に乗り込んだはずの散華は、一度に千人をも倒すかのような勢いで、自らに歯向かう兵士たちを切り倒している。
「師匠!!」
渓月は散華の姿をその目で確認すると、ありったけの声を上げて叫んだ。すると、不思議なことに、彼女にもこれまで湧いてこなかったような力が全身になった。
「渓月! ここへ来たのなら、精一杯戦いなさい!」
と、敵軍を次々と切り倒しながら叫ぶ散華に、渓月たちも一斉に答える。報告を受けた段階では、穎水の方が圧倒的に形成有利と言われていたが、二刻もすると、それは見事に逆転した。風光明媚な巨大蓮池は天界の中でも特に美景と言われているが、それが今となっては、ただ死体の転がるだけの場所と転じてしまった。
ひとまず渓月らに向かってくる敵軍の姿がなくなると、彼女はとりあえず散華と合流する。
「師匠。穎水殿の残りの軍勢は一体どこにいるのでしょう? まさか、これだけと言うわけではないですよね?」
「もちろん。残りはおそらく穎水のいる書斎で、彼の警護をしているでしょうね」
「では、我々もそちらへ向かいますか?」
すると、なぜか散華はゆっくりと首を横に振った。
「それだけはだめです。今我々がすべき事は、ここに転がる死体を、この蓮池の中に放り込むことですよ」
「……どうしてです?」
「この物たちは皆、邪術にかかっています」
「え?」
渓月の目がそこら中に転がる屍と移った時、散華の言葉の意味がようやくわかった。ついさっき彼女たちが殺した兵士らからは、怪しげな黒い気が漂っていて、しかもそれらはまっすぐに彼女たちの元へ向かってくるではないか!
散華もうそれに気づいたようで、必死に手に持っている剣で黒い気を斬り倒そうとしている。しかし、その気は斬っても斬っても、屍からとめどなく出てくるせいで、終わりというものが全く見えない。
渓月は懐から竹模様の扇子を取り出し、それに自らの余っている霊力を全て込める。そして、扇子が霊力を溜め込み、新緑色の輝きを帯びた刹那、彼女はそれを全身で一振りした!
すると、ただ漂っていた黒い気は、さっぱり消え失せ、しかもその木を放っていた屍まで、蓮池の中へ我先にと沈もうとしていた。
「……渓月、見事です」
「いえ。これくらい、大した事はありません。そんな事よりも、ここにこれだけ技術にかかった兵士たちがいる、ということは、まさか街中にいる邪術の影響を受けた人々もまた、同じ者によって術をかけられた、ということなのでしょうか?」
「ええ。そうでしょう。しかも、ここへ来るまでの間に、わたくしは穎水の腹心とも戦ったのですが、彼らにも邪術にかかった形跡がありました。もしかすると、穎水が自ら呪術を修練し、それを兵士たちにかけた可能性が極めて高いですね」
「……一体、何のために?」
「さぁ。それは、本人に聞かなくては。今なら、穎水のいる書斎へ行けます。行きましょう」
渓月が小さくうなずいて、散華と共に肩を並べて書斎へ向かうとした時、不気味な声が彼女たちの耳に入った。
「その必要は無い。そのまま後ろ向いてくれれば、お前たちの倒したい者がそこにいる」
その言葉に、なぜか異様に胸がざわついた渓月は深く考える間もなく振り向いた。すると、そこには、悪鬼のような顔した穎水と、その腕の中に小さく収まった永池の姿があった!




