渓月の決断
神官は慌てながら何とか服を着直すと、佇まいを直してから東桜殿を出て行った。
「兵を派遣するのですか?」
東桜殿の扉が閉まってから、すぐに渓月が聞いた。それには永池もただ無言でうなずく。どことなく、彼の胸の内には既に嫌な予感が走っていた。
「帝神殿は、わたしが兵を派遣することに対して、何か意見でもあるのですか?」
すると、渓月は力強く首を横に振った。
「それに対しては特に意見することはありません。むしろ、派遣して当然だと思います。ただ、一つだけどうしてもお願いしたいことがあるのは事実です」
「お願い、とは?」
「主君は、わたくしを戦場へ送る気はありますか?」
渓月がその言葉を言い放った時、永池の思考回路が一瞬にして全て停止した。
(師匠を戦地へ送る……? そんな危険なことができるわけないじゃないか!)
言いたい言葉がなかなかまとまらず、それでも何か言わなければ、と言う考えが先行した結果、永池はただただ必死に首を横に振るしかなかった。
しかし、渓月はそれがまるで目に入らないかのように続けた。
「主君が実のところ何を考えなのか、わたくしにはもありません。その上で、わたくしは自らの思いをお伝えさせていただきますね」
永池は絶望したような視線を渓月に向けた。だが、彼女はただじっと、扉の奥だけを見つめている。
「わたくしは、自ら穎水殿と戦いたいと思っています。天界の大勢の神官が彼に立ち向かったところで、おそらく吉報を手に入らないでしょう。しかし、わたくしであれば天界に良き知らせを持ち帰ることができます。なぜなら、この天界でわたくしだけが穎水殿に対抗する術を知っているからです」
ようやく、渓月が永池に顔を向けた。
「主君がこの知らせを受けてわたくしの元へ駆け寄ってくださったのは、わたくしのことを信頼してくださっているからですよね? 実を言うと、わたくしはその信頼に自らの行動で答えたいと思っているのです。ですから、今回だけでもわたくしの願いを聞き入れてくださいませんか」
「でも、もしわたしが帝神殿を戦地へ送れば、もしかすると死ぬかもしれないのですよ?」
「それはそうでしょうね。しかし、このままでは、天界のすべての者が危険にさらされるかもしれないのです。そうなる前に、我々は穎水の動きを止めなければなりません。そのために多少の犠牲を払うことになるのは、仕方のないことかと」
しかし、頭の中では理解することができても、永池の誕生は、どうしてもそれを受け入れることができない。一体どうすれば、と彼が頭を抱えていたところで、扉の奥から大勢の足音と、神官の報告する声が聞こえた。
「主君。決断が下せないようでしたら、わたくしはそれを黙認と捉えさせていただきますね。わたくしは外に控えている兵士とともに、戦場へ招くことにします」
と、言い終えると、渓月は一瞬の間に立ち上がり、東殿の外へ出て行った。扉が閉まった刹那、永池の思考回路がようやく回復する。
「……待って……。渓月!」
必死に永池が叫んだ時、扉の外からは、ただ足音が遠のいていく音だけが聞こえてきた。




