渓月の選択
今までと何一つ変わらず落ち着き払った様子で話す渓月に、永池は多少の違和感を抱く。それに彼女も気がついたのだろう。いつになく誠実な口調で彼女は言った。
「知っていたから。わたくしは、主君と知った瞬間に、自分がただの神花ではないと気付いて、前司命殿に自分の命運を見てもらっていたのです」
「......それで?」
「それで、わたくしは自分が神花だけではなく、紅心花の命運も背負っていたことを知りました」
「それで......帝神殿は結局神花の方を選んだのですか?」
絶望の色をありありと浮かべながら、永池は渓月を凝視する。すると、彼女は当たり前だ、とでも言いたげに頷いただけだった。
「どうしてです?」
しかし、永池の頭の中では、なぜ渓月が普通のこととして神花の道を選ぶのかが全く理解できない。とりあえず聞いてはみたものの、彼女から返ってくるであろう答えを理解する気など、永池には毛頭なかった。
「自分の命運を知ったとき、わたくしはすでに主神となっていました。それなのに、今更自分には紅心花の命運があったからと言って、神花としての責任を逃れられると思いますか? 少なくとも、わたくしにはできませんでした。このことを知った当時、わたくしはすでに散華帝神に師事しており、その最初の教えが責任を全うすることでした。そして、わたくしが学んだのは、神花としての責任のみです。紅心花の責任など学んできませんでした。ですから、どちらかの立場でわたくしが責任を尽くすとしたら、神花としての方がより全うできるのではないかと思ったのです」
「でも、その結果、わたしには真の紅心花がいなくなりました」
「でも、例え心を通わせていなくても、夫婦がなすべきことといいのはできるようになっているのです。それなら、紅心花としての修行を一切していないわたくしよりも、その修行を全て終えた瑠璃殿の方が結果的には紅心花にはふさわしいのではないですか」
渓月の意思の固さを思い知った時、永池の瞳からは涙が一筋こぼれ落ちた。それを手で拭いながら、渓月はまた優しい口調で言った。
「それでも、わたくしは主君の神花ですから、ここへ来て主君が最初に話してくださったことに関しては、わたくしも力を尽くします」
「......わかりました。で、では、最初に相談した件に関しては、何かいい策があるのですか?」
「ええ。すでに、穎水殿に対抗する方法は考えてあります。ですが、まだその準備段階ですから、今すぐに彼と戦えるわけではありませんが」
渓月の安定して芯のある声に、永池の心もつい安心し切ってしまう。不思議と、彼女の言葉を聞くだけで、これから先何が起こったとしても大丈夫だ、と永池には思えるのだ。




