渓月への訴え
渓月は、永池の瞳がいつになく潤っているのを見た瞬間に、血相を変えて彼の下に駆け寄った。
「主君、どうしました?」
と、渓月が永池に目線の高さを合わせて行った。その瞬間、彼は渓月に抱きついた。
「師匠、わたしは一体どうしたらいいんでしょう……?」
体勢を変えないまま、永池は穎水が起こしたことを、つとつとと語り始めた。そしてそれを、渓月も何も言わずに聞いている。
「……すみません、こんなことを急に話してしまって。本来ならわたしが解決すべきことなのに、ししょ……帝神殿に頼り切ってしまって。お邪魔でしたよね」
言いたいことをとりあえず言い終わると、永池は渓月から体を離した。それから恐る恐る彼女に視線を向けると、相変わらず穏やかな顔で永池を見つめているだけだった。
「大丈夫です。穎水殿の件は確かに大事です。このままでは、いつ天界により大きな災いが招かれるか知ったことではありません。そのことでしたら、わたくしも力の限り主君を補佐いたしますよ」
「本当ですか……? でも、神花の世話とか、修行とかあるのではないのですか……?」
「それはもう大丈夫です。神花たちは全て枯れてしまったから。わたくしはいつでもここを出ますよ」
渓月が慰めるように言った。その口調は、どこか覇気がなくなっているように永池には感じられた。だが、それを気にする以上に、もっと気になることがある。
「神花が枯れた……? どうしてです?」
通常、帝神が保護陣を張って、神花湖に蒔いた種の成長を見守っていれば、少なくとも戦いの日までに枯れる、ということはありえない。まさか、通常よりも例になく、早いうちに戦いの日が来た、とか? いや、それなら永池がそれを知らないのは、どう考えてもおかしいし、散華が一言も口にしなかったこともまたありえない、としか言いようがない。
「神花が枯れたのは、完全にわたくしが原因なのです。ですから、今回枯れてしまったのも致し方ない。ですが、どうかご安心を。残りの帝花種がありますので、主君と紅心花との婚礼までには何とか間に合わせてみせます」
「いや、別にいいんです。わたしに責め立てる理由はありませんから」
内心複雑になりながら、永池が立ち上がろうとすると、なぜか渓月に引き止められる。
「何かあったのですか?」
と、渓月に聞かれて、永池はおとなしく白状した。
「先日、紅心花に会いました。でも、ちっとも感情が動かなかったのです。それで、司命に頼んで、真にわたしと縁のある紅心花の命運を見てもらったんです」
「それで?」
「その結果、神の紅心花がここにいるって知ったんです」
「ここ?」」
「神花域」
すると、渓月は一気に緊張した面持ちになり、いよいよ永池を問い詰めるかのような口調で聞いた。
「主君。その事は何があっても穎水にだけは言わないでください。もし言えば、その時こそこの天界は荒れ狂います」
「……? 帝神殿はどうして驚かないんですか?」




