紅心花の名前
永池は扉を開け、紅心花を招き入れた。散華にはひとまず桜の花が描かれた屏風も裏に隠れてもらっているため、永池はあたかも誰もこの部屋にはいないかのように、紅心花を椅子に座らせる。
「すまない、長いこと待たせてしまって」
「いえ。いいんです。天君にも天君の事情がおありでしょうから。ところで、わたくしの名前は考えていただけました?」
「ん? ああ、うん。さっき、ずっと考えていたんだ。あまりに変な名前だとかわいそうだろう? あと、さっきどうして君をここに入れなかったかというと、わたしが名前を考えているところを見られたくなかったんだ。だからとはいえ、外で待たせてしまったことを許してほしい」
「あなたは天君ですよ? わたくしにはあなたを恨む理由も、叱る理由も、許す資格もありません。わたくしには、ただあなたを心に留め置くことしかできないのです」
扉の前にいた時とは異なり、なんと顔を赤ながら、いかにも花も恥じらう乙女、と言った様子で紅心花は言った。だが、彼女の瞳の奥には、永池に対する一切の感情が読み取れない。真に天帝と縁のある紅心花であれば、天帝に対しての感情はどれだけ隠そうとしても、必ずどこかから溢れ出てくるものなのに。
「そうか。わかった。あ、そうだ。君の名前だよね。さっき、少しだけ考えていたんだけど、瑠璃という名はどうだい?」
「瑠璃? いい名ですね。でも、どうして瑠璃、なんですか?」
「え? だって、君が身につけているそのかんざしが、最初は瑠璃でできたもののように見えたから。それに、よくよく考えてみると、瑠璃も宝石の一つだろう? それを君のように眉目麗しい者の名前になったら、どれだけ似合うことか。君はそうは思わないかい?」
永池は真剣な顔つきをしたまま、嘘八百を言っていたが、それに気付く様子もない紅心花は顔を一層赤らめて嬉しそうに笑った。
「......どうかな? 君は、わたしが付けた名前を気に入ってくれたかい?」
「ええ。もちろん。今この瞬間から、わたくしは瑠璃、と名乗ります」
「うん。気に入ってくれたならいいんだ。はは......。そうだ、君もおそらくいつかはここに住むことになるだろうから、きれいな服を作ってもらったり、天宮内を歩いてみたらどうだい? もしその気があれば、わたしはこの後用があるから無理だけど、外に控えている神官に連れて行かせるよ。どうする?」
言いながら、こんな言葉では早く東桜殿から追い返したいことが伝わるんじゃないか、と永池はつい冷や汗を流しそうになる。しかし、そんな心配をよそに、瑠璃もまた安心したように、彼からの提案を快諾した。
「そういうことなら、わたくしは天君のお邪魔をしないことにいたします。わたくしは外にいる者たちと、ゆったり天宮を散策することにいたしますね」




