異常事態
散華が永池の目を見ながら強くうなずいた。しかし、それを見た瞬間に永池の心の中には一種の疑惑が浮かぶ。
「散華殿。それなら、わたしはどうしてあの紅心花に心が動かないのでしょう?」
永池は、万一扉の外にいる者にも聞かれないように、小声で言った。すると、散華は声こそ出さなかったものの、これまでに見たことがないほど大きく目を見開いて、永池を部屋の奥へ促した。
「天君、それは事実ですか?」
東桜殿の最奥まで来て、散華はようやく小声で永池に聞いた。彼がはっきりうなずくと、散華はやはり驚いたのか、口元を手で覆う。それから、咳が出ようとしていたのか、もう果肉のほとんど残っていない桃源郷の桃を少しだけかじった。
「天君、わかっています? 天界の主は、紅心花を見て心動かさないということなどあり得るわけがないのですよ!」
「ええ、散華殿が先ほどそう言っていたので、それはわかりました。でも、本当なんです。さっき突然やってきた紅心花をどれだけじっくり見ても、何の感情もわかなかったんです。でも、前に俗境で初めて帝神にお会いした時は胸が高鳴ったんです。最初に彼女の姿は見たとき、話しかけたくてたまらなかったのに、どうしても話しかけることができなかった。最終的には、彼女から名前を聞かれて、ようやく言葉を交わせたわけですが」
「ということは、渓月には一目で心を動かした、と?」
疑いの目を永池に向けたまま尋ねる散華に、彼はただ怯えながらも、ってうなずくしかなかった。
「……でも、やっぱりおかしい。天君はどうして渓月に心を動かし、本来運命で結ばれていたはずの紅心花には心を動かさないのでしょう?」
「この可能性はないですか。東桜殿に来てから、散華殿もおっしゃっていたじゃないですか。帝神にはもしかしたら、紅心花の霊力があるのかもしれない、って。そして、もしその推測が事実だとしたらどうですか? わたしが帝神に一目で心を奪われたのはいたって正常ではありませんか?」
「確かに。でも、外の紅心花は? わたくしが見る限り、あの者は間違いなく紅心花でした。あの花は一体どのようにして出現したのでしょう?」
散華と話し込んでいると、外で待ちくたびれたのか、神官が永池に扉を開けるよう催促し始めた。永池は仕方なく彼らにもう少しだけ待つように言ってから、散華に早口で話しかける。
「散華殿、一つ確かめたいことがあります。通常、紅心花はどこで成長しますか?」
「神花湖」
「それなら、わたしと関わりを持つことが定められている花のうち、神花は叔父上の屋敷にある湖で種が出現したんですよね? では、紅心花は? もしかすると叔父上の屋敷でも現れたのかもしれませんが、神花湖にも現れたのではありませんか?」
永池に推測を突きつけられ、散華は慌てて当時のことを思い出す。あまり長く考えすぎてしまうと、また外にいる神官から催促されるかもしれない、という焦りはあったものの、なんとか思い出せた。彼女の記憶の中ではーー。
「確かに、天君のおっしゃる通りです」




