紅心花との対面
紅心花、と名乗る女が一歩一歩ゆっくりと、永池の前まで歩いてくる。その距離がだんだんと永池に近づくにつれ、なぜか控えている神官たちが必死に笑いを堪え始めた。
少しして、永池の目の前に紅心花が立つと、彼はその姿をじっくりと見てみた。しかし、眼前の紅心花に対して、なぜかは全くもっとわからないが、永池には何の感情も浮かんでこない。
「天君。もしよろしければ、わたくしに名前を授けていただけませんか」
面と向かい合ってから、しばらく経ってもなかなか話し始めようとしない永池に痺れを切らしたのか、紅心花が恥ずかしげに俯いたまま、小声で言った。そこで永池もようやく、人と話していたことを思い出す。
「ん? ああ、すまない。ええと、何だっけ?」
「名前です。わたくしにはまだ名前がありませんので、ぜひ天君につけていただきたいな、と」
「ほう。でも、どうしてわたしなんだ?」
誰から見ても明らかに困惑した表情を見せる永池に対し、紅心花もまたそれに負けないくらい困惑した持ちになる。
「え? だって......天君はわたくしの夫となる予定の方ですから。そんな方にわたくしに名をつけていただくのは普通ではありませんか?」
「……はあ。お願いだから、そこで少し待っていて下さい」
永池は逃げるように言った後、慌てながら東桜殿の扉を閉めた。そのすぐ隣で、扉の隣に控えていた散華に困惑に満ちた目を向ける。
「散華殿。これは一体どういうことなのでしょう? どうして、紅心花がわたしに名前をつけてくれ、頼むのでしょうか?」
「天君。まさかと思いますが……。ごほん、この慣習を知らないのですか?」
「え?」
「ごほっごほっ。あの、紅心花というのは、花開いてから、修行が終わるまでの間は、自らの名前を持たないのです。第一に名付ける者がいないのと、第二に紅心花に名前をつけるのは紅心花と永久の契りを結ぶことを意味しているのがあるように挙げられます。ごほっ。ですから、紅心花に名付けても、特に何の問題もないのは、時の天帝に限られるのです。まあ、先帝の時は例外でしたが」
「はあ。それはわかりました。でも、紅心花には師がいないのですか? 帝神のように師の元で修行を行った場合は、普通師がつけるものかと思っていたのですが」
「いませんね。まあ、師がいても、紅心花の性質上、師本人が紅心花に名をつけることは無いかと思いますが。まあとにかく、紅心花には確かに師がいません。というのも、あの者たちの修行と言うのは、全て桃源郷のみで完結します。桃源郷には、自然から溢れる霊力が満ち溢れている。紅心花は一定期間桃源郷の主になることで、桃源郷に満ち溢れる霊力を存分に取り入れることができるのです。そして、それが十分にたまったら、さっきの者のように、自ら自分と結ばれるべき天帝を探しに来るのですよ」
「はああ」とため息にも似た声を出しながら、永池は扉の奥を見る。ぼんやりと映るだけの紅心花の影をいくら見ても、やはり永池には何の感情もない。
「散華殿。最後に一つだけ聞いてもいいですか?」
「なんです?」
「天帝というのは、紅心花を見たら、必ず心が動くものなのですか?」




