司命の試験
永池が緒明に師事してから、まず第一に教わったのが、天宮で要職に就いている者のことだった。教わった日がたまたま、散華が帝神の位を降りる前日だったため、当時は帝神は散華、主神は渓月、この二人は天帝とその後継者にとって必要不可欠な存在であり、穎水を除くどの神官よりも身分が高い。そして、彼女らの次に身分が高いのが、まさに司命で、すべての天界の者の運命を取り、天帝後継者の修行の日を決めるのも、まさしく彼なのだ。ただ、今の司命は既に三代の天帝に仕え、かなり高齢になっているらしい。そのため緒明曰く、近々、彼の優秀な弟子の中から、新しい司命が擁立されるのではないか、ということだった。
と言う事情を、永池はざっくりと沙煙に説明する。
すると、沙煙はすぐに「ああ」と納得したような声を上げて、なぜか急にその場に跪いた。
「実は、天君のおっしゃっていた通りなのです。和我が師匠は、まさにわたくしにその司命の位を継がせようとしているのです。そのために、天君はご存知ないかもしれませんが、司命となるための試験をわたくしに課したのです」
「試験?」
「はい。実は、わたくしが東桜殿に来る前、誠に勝手ではありますが、天君の命運を少しだけ占わせていただきました。あ、ですが、どうかご心配なく。わたくしが見たのは、天君がわたくしの姿を見た後で、どんな反応を取るか、というところだけですので」
「それで?」
「はい。その結果は、天君は必ずわたくしの名を聞く、というものでした。それを師匠に報告しましたら、師匠はおっしゃったのです。では、その通りになったら、もう充分司命としてやっていけるだろうから地位を譲る、と」
「それで、わたしは沙煙の占った通りに行動し、かつ天界に新しい司命を誕生させたわけか」
沙煙はいまだに信じられない、といった様子で、ただうなずいただけだった。どうやら、それ以上は特に何も話すことはないらしい。だが、奇しくもその状況は永池にとってもまた同じだった。
「……わたしはもう話す事は何もないんだけど、君はまだあるのか?」
永池からすると、本当にこれ以上話す事は何もないのに、なぜか沙煙の方はまだ何か話すことでもあるかのように、ただじっと永池を輝く瞳で見続けている。
「いえ。何もないのですが、後日、師匠とともに大殿で天君とのお目通りを願うかもしれません」
「ん? ああ、わかった。それからは事前に言わなくてもいいよ。あとで人をよこして伝えてもらうだけで充分だ」
「天君のお気遣いありがとうございます。では、わたくしはこれで。帝神殿にじゃしっかりと伝えておきますので、ご心配なきよう」
と言ってから、ようやく沙煙は東桜殿を出て行った。「ふうううう」と大きくため息をつきながら、文机に置かれた紙に、一言だけ書き残しておく。
『司命は近々沙煙に交代する』
筆を置いてから、永池じゃ改めて緒明の言葉を考え直していた。
(師匠は本当に、穎水の娘なんだろうか?)




