穎水とその娘
永池は天宮に住むようになってから、ほぼ毎日のように庭園足を運んでいた。
庭園には、基本的に植物を世話する者以外は誰もいない。それがなんだか神花域に似ているような気がして、永池はよく気分転換のために来ていた。
しかし、誰もいないと思っていたはずの庭園に、この日ばかりは先客がいた。しかも、その者は腰掛けに座りながら、なぜか桃の花が描かれた扇子と水の模様が描かれた扇子を共に広げ、ただただそれに見入っていた。
永池はその者の近くまで歩き、一応挨拶をする。
「叔父上」
ようやく永池に気づいた穎水は、迎えにあった腰掛けに座るよう催促した。
「天君。この扇子をどう思いますか?」
穎水が見せたのは、水模様の扇子だった。かなり長く愛用しているのか、骨組みの木が少しだけ裂けてしまっている。
「いい扇子ですね。これはどちらで購入されたのですか?」
「どうも。でも、それは自分で作ったのですよ。知っている者は少ないですが、実はわたしは扇子を作るのが趣味でしてね。これは一人目の娘が生まれた時に、自分のために作ったのです」
「ご子女のためには作らなかったのですか?」
「その扇子は最初の娘が生まれた記念ですから。生まれたばかりの娘に扇子など渡しても、それが何なのかすらわからないでしょう? それに、あの子が大きくなってから最上の扇子を作って送りましたから、この水の模様の扇子くらいはわたしのものに従っていいでしょう」
天宮に来て初めて、永池は「ははっ」と声を上げた。天界でいつ反逆を起こすのかわからない、どう恐れられている穎水に思いのほか、話しやすさを感じてしまったのだ。最初に大殿で会った時は、ただの頭がおかしい人、と言う認識しかなかったのに。
「ええ。ところで、言うのははばかられるかもしれないのですが、確か叔父上のご長女は失踪しているはずではありませんでしたか」
「失踪? それは嘘ですよ。あの子は、これまでに失踪したことなんかありません。ただ、元からわたしの元で育つことのできない運命にあっただけなのですよ。だから、わたしがあの子に会いたくなければ会いに行けますしね。先日も会ったくらいですから」
「え? そうなのですか? よく会われているんですか?」
永池が何気なく聞くと、穎水は苦笑いしながら、首を横に振った。
「いや。正直、あの子にはなかなか会えないのです。前に会った時は確か五年前でした。親子なのに、会えるのは五年に一度。でも、親である身として、そんなの耐えられるわけがないでしょう? だから、わたしが会いたくなった時は、影からこっそり見に行くのですよ。あの子もそれに気づいているから、会いたくなったら会いに行く、とさっきは調子に乗って言ってしまったわけですけどね」
穎水が桃の花の柄の扇子をたたみ、永池の手から水様の扇子をも回収した。それらを袖の中にしまうやいなや、穎水は君の悪い悪鬼のような笑みを浮かべて言った。
「ところで、天君の神花痕を見せていただく事は可能ですか?」




