穎水の作る扇子
「駆け引き?」
渓月は袖の中から久しく使っていない、竹が描かれた扇子を取り出した。
「そう。まあ、わたしからの条件は極めて簡単だ」
「簡単?」
「うん。お前が、わたしの帝神になれ。それだけだ。わたしはお前という神花を得て、永池を一介の神官にする。命は取らない。どのみち、奴は兄上の子で、お前の今の主だからな。それくらいの善意を施さないといけないだろう? それに、わたしは奴よりも力が高い。わたしが即位した方が、この天界のだめだとは思わないか?」
渓月のゆらりゆらりと扇子を動かしていた手が止まる。
「それを聞いてふと思ったのですが、主君が俗境にいたのは、あなたの指示ですか?」
「さすが。よくお分かりだ。だが、八年も経ったのに、まだ多少なりとも霊力が残っていると言うのは、少々意外だったが」
穎水は立ち上がり、あたりに咲き誇っている桃の花をいくつかむしりとっている。それから、採ったばかりの桃の花を抱えたまま、再び渓月の隣に腰掛けた。
「また扇子ですか?」
渓月は穎水のにある桃の花を見ながら、水自らの手中にある竹模様の扇子をまた揺らし始めた。
「そうだ。なんだ、懐かしいのか? それとも、今度は桃の花の扇子が欲しいとか」
「まさか。わたくしには、この竹の扇子だけで充分ですよ。ところで、主君を俗境に送ったのは、先帝亡き後、その地位にご自身で就く予定だったからですか?」
そうだ。だが、思ってもみなかったことに、まさかお前が霊力をほとんど失った永池を連れ戻し、それどころか、奴の霊力を回復できるところまで回復させるとは。これもまた意外だった。おっと、骨組みには、この桃の木を使おうか」
穎水は桃の花をすべて地に置き、どこにしまってあったのか、斧を取り出し、辺りの中で最も細い木を切り始めた。少しすると、穎水はその木を切り落とし、さらにその木を切り刻んで、あっという間に扇子の骨組みを作り上げてしまった。
「穎水殿。ずいぶんと慣れておりますね。最近も扇子を作っていたのですか?」
「当たり前じゃないか。わたしが扇子を作るのが好きなのはお前も知らないわけがないだろう? お前が今使っているその扇子も、わたしが作り上げたんだから」
「ええ。もちろん、覚えておりますとも。あの日、あなたが壊した神花楼のちょうど品で、この扇子が作られていることも記憶に残っていますから」
「それは光栄だ。ところで、お前の師匠はまだ健在なのか? それとも、もうすぐ朽ち果てるのか」
「なぜそれを尋ねるのですか?」
穎水は切り株の上で採取したばかりの桃の花を擦っていた手を止めた。
「それはもちろん、あいつがいたらわたしの計画が全て台無しになるからだ。もちろん、奴の霊力があと五年生き延びられるだけ残っていたら、の話だが」
「それなら、わざわざ聞くまでもないのでは? 師匠の霊力は、元から低く、先帝へも一度に送ることのできる霊力はかなり限られていました。今や、先帝は崩御されているのに、師匠に残された霊力はいかほどだと?」
「これは驚いた。まさか、自らの師をそれほどまでに、貶めることができるとは。意外だな、昔からお前は誰よりもあの散華を慕っていたと言うのに」
「わたくしが師匠を慕っていることと、わたくしが事実を述べる事は別のことでしょう? ところで、その扇子は誰に贈るつもりですか?」
穎水は懐の中から上質な紙を取り出し、桃の花の汁を染み込ませながら考え始めた。だが、少ししてから手を止めることなく答える。
「この扇子は、死んだ娘に贈ることにしよう」




