失踪した後継者と同じ名の少年
その名を聞いた瞬間、渓月は一瞬耳を疑った。
だが、眼前の少年は僅かな霊力すらもない平凡で、俗境にいる他は下界の者らとなんの変わりもない。
こんな者が、八年前に失踪した天界の太子であるはずがない。
渓月はできる限り平然を装いながら言った。
「よい名ですね。わたくしは、渓月、という名です」
「・・・・・・とても、美しい名ですね」
永池が初めて、笑った。それは頬が固まっているのだろうかと思わずにはいられないほどにぎこちない笑みだった。
二人が肩を並べて歩き出してから程なく、桃源郷がその姿を現した。
桃源郷はその名の如く、全ての領域に桃の木が植えられている。しかも常に、桃の花を咲かせる領域と実がなる領域が交互に来るように東西と南北で調整されている。
渓月は永池を連れ、桃の実がなる木を探す。半刻も経たないうちに、南側の木に大きな実がなっているのを見つけた。
彼女はちょうど食べ頃の桃を霊力で自らの手元に運び、永池に渡す。
「早く、それを食べなさい。空腹なのでしょう?」
無言で受け取った永池は、桃を無我夢中で食べた。久しく何も食べていないらしく、渓月が二つ目のみ実を探している間に、彼は自らの顔ほどの大きさもある桃の実を平らげてしまった。
「渓月さん、ここの桃は美味しいですね。何度か施された桃を食べたことがありますが、ここまでうまいものは一つもありませんでしたよ!」
「当たり前です。ここの桃は普通の桃じゃありません。桃源郷の桃ですよ」
すると、永池は不思議そうな表情を浮かべた。
「何が、どう違うのですか?」
「普通の桃はただ甘いだけですが、桃源郷の桃には霊力が少しだけ含まれています。故に、戦いなどで霊力を失った者の霊力をある程度回復させることができる。もちろん、ほとんど全ての霊力失くした者に対して、霊力を回復させることはまず不可能ですが」
「では、霊力を失った者へは何の効果もないということですか?」
「いいえ。そういった者の場合は、霊力を再び持つことを許させる、霊源の修復をするのです。それにより、今後の修行で霊力を再度有することができますから」
「ということは、わたしもこれからの修行で霊力を持てるということですか!?」
桃を食べただけではない、前を向くための希望の光が見えたかのように永池は言った。
「ええ、その可能性が高いですね。・・・・・・まさか、あなたは修行を望んでいるのですか?」
半信半疑で渓月は聞く。桃源郷の桃の効果に関しては間違いがないが、それは神仙に限った話だ。俗境の者が桃源郷の桃を食べてから修行をした、という話は聞いたことがない。なぜなら、俗境の者は霊源の回復がどのような方法でもほとんど望めない者ばかりなのだから。
それにも関わらず、
「はい。その通りです」
と、永池は誰が聞いても不可能な要望を言っている。
渓月は軽いため息をつきながら、少しだけ考える。それから、徐に口を開いた。
「それなら、わたくしがあなたの師になりましょう。それで良いのなら、修行をさせることは可能ですよ」