神花痕の秘密
(帝花種に紅心花の霊力が与えられるなんて、どの状況下でこそ起こりうるなんだろうか?)
少しだけ考えてみるものの、渓月には思い当たるような答えは一切浮かばなかった。渓月はそのまま書物をめくると、次の項目には「神花痕が移動する現象について」というもの。それを見た瞬間、彼女は散華の言葉を思い出した。
『神花痕は稀にだが移動することがある。移動する場合は例外なく異変の前兆を知らせるものだ。例外を挙げるならば、天界の何者かが反乱を起こす、帝神か紅心花のどちらかが現れなくなる、天帝や帝神、紅心花の霊力が微塵もなくなる、のいずれかが最も可能性の高い事象である。もしくは、上記の複数の事象、ひいてはすべての事象が起こる場合だ。また、いくつの事象が起きるかによって、神花痕が移動する位置が異なる。基本的に、何事もなければ神花痕の位置は生まれた時から変わらない、左手首に位置する。異変が一つ起こる場合は、左手首から肘までのどこかに移動する。異変が二つ起こる場合は肘に、異変が三つ起こる場合は二の腕まで移動する』
そこまで読んでから、渓月はぱたん、と読んでいた『神花縁奇書』を閉じる。ふっと顔を上げたところで、既に散華が戻ってきているのをようやく発見した。散華はちょうど長椅子に座りながら、まるで大酒飲みが酒を飲むかのごとく神花湖の水を飲んでいた。
「師匠、戻ってきていたのですね」
「ええ。何か進展はありましたか?」
渓月はうなずいてから、ふと抱いた疑問を口にする。
「師匠、それ何甕目ですか?」
「三甕目ですね」
渓月は目を見開き、とりあえずそれ以上は何も言わず、本題に入ることにした。いつの間にか激しい雨が異様に長く続く夜ももう更けていたから。
「ところで、師匠。見つけましたよ」
「見つけた?」
「ええ、以前に師匠がおっしゃっていた、主君の神花痕が移動していた理由と、紅心花が現れなくなる理由についての記載を見つけました」
渓月は『神花縁奇書』にあった記載の内容をそのまま散華に告げた。
「師匠、以前わたくしが主君の腕にある神花痕を見た時、彼の肘にありました。つまり、この天界に二つの異常が起こるということです。一つは十中八九穎水の反乱でしょう。では、もう一つは? 記載によると、発生する確率が最も高いのは帝神花か紅心花のどちらかが出現しないことか、主君かわたくしの霊力が微塵もなくなることです。師匠は、どの可能性が最も高いと思われますか?」
「その二つですと、間違いなく前者でしょうね。つまり、主君は紅心花が出現しない」
「ですが、師匠。主君が十歳の頃、紅心花は植えられ、無事に成長したのでは?」
「確かに。それなら、どちらかの霊力がなくなるのでしょうか? ですが、渓月は霊力に満ち溢れているし、今後すぐにでもなくなるような気配は見えない。天君に関しても、能力こそ弱いものの、これからなくなるような気配は見えない。ということは、書物に書かれてはいない何かが起こるとしか考えられないですね」




