紅心花の例外
散華は一度水の入った甕を持ち上げて、すぐに机上に戻した。
「師匠、実際その天后は何か怪しげな行動していたのですか。例えば、穎水に密告していた、とか」
だが、散華は激しく咳をしながら首を横に振るだけだった。
「それならば、わざわざ殺害するまでもなかったのでは?」
「渓月、天后は確かに穎水に密告をした形跡はありませんでした。ですが、彼女の存在自体が天界を脅かすことになるのです。なぜなら、彼女が穎水により選ばれた天后であるという点は常に変わることがないわけです。ですから、野心のある穎水が選んだという天后を消さない限り、主君は永遠に穎水の影響下からは逃れなくなってしまう。わかりますか?」
「ええ。わかります。ところで、先ほど気がついたのですが、天后を穎水が選んだ、と言うのはどういうことなのですか? 天后となるべきものは紅心花と決まっています。しかも、紅心花は誰かが選ぶと言う概念などありません。植えられるのは一輪分のみ、と決まっており、それは育たなかった実例もありませんでしたし。それなのに、先帝に限って穎水が選んだ、というのはどういうことなのですか?」
散華は甕を抱えながら立ち上がり、階段へ向かって歩く。それとほぼ同時に、渓月もまたその場に立ち上がる。だが、彼女は水仙の花瓶に向かって歩いただけだった。
「先帝の時、本来は現れるはずだった紅心花がなぜか出現しなかったのです。後で調べさせたところ、紅心花は神花湖に植えられて、すぐに枯れてしまっていました。まるですべての霊力だけが抜き出されたかのように。それで、致し方なく天界から天后を決めることになったのですが、それを公にすることだけはどうしてもできず、穎水を頼るほかなかったのです」
「なるほど。ところで、穎水はそのことを口にした事は?」
散華は手すりに手を当てながら、首を横に振った。
「渓月、そろそろ水を汲みに行っても良いですか?」
と言う散華の咳はますます激しくなっていく。渓月は花瓶を回しながらうなずいた。
散華が水を汲んで戻ってきたところ、渓月は『神花縁奇書』を読んでいた。
「渓月、何か進展はありました?」
しかし、夢中で禁書を読みふけっている渓月には何の音も聞こえなかった。
書物を捲ると、彼女はつい目を見開いた。「紅心花に起こりうる例外」と言う項目だったのだ。それによると、紅心花はもともと神花と同じ種で、植えられる前に種の保護を目的として与えられる霊力の種類だけが異なるらしい。だが、植えた者の霊力が低く保護目的の霊力がうまく機能しなかった場合や、神花にのみ与えられるべき霊力が誤って紅心花にもいくらか与えられ、かつ紅心花に与えられるべき霊力をも与えられてしまった場合に、その紅心花はことがある。そして、この二つは紅心花が枯れる要因として最も発生する確率の高いものだ。
それらだけではなく、そこにはもう一つ記載があった。
可能性は高くないものの、帝花種とすでになった種に紅心花の霊力が何らかの要因で与えられた場合もまた、紅心花のみの霊力が与えられた方は枯れてしまう、と。




