永聡の霊力
散華はまた水を飲みながら、窓を眺めている。いつの間にか、窓の外は暗くなっており、かすかに窓に水滴がぶつかる音がする。それは振り始めたばかりで、勢い自体は強くないものの、あと少しすればかなり激しい雨となりそうだった。
「かつて、主君がおっしゃっていました。ごほっ。確か、あの時はまだ渓月もわたくしの下で修行をしていて、天君もまた天界を出る前でした。でも、その頃には、主君は既に穎水に対しての警戒感を常に持っていましたね。穎水が大殿で謁見するたび、主君は必ず玉座に横たわり、今すぐにでもこの世を離れるかのように装っていましたから。警戒心の強い穎水を少しでも油断させるのは、その方法しかなかったらしく」
「では、いつ謁見しても先帝が玉座に横たわっていたのは、そのためなのですか」
渓月の疑問に、散華は無力に首を横に振る。
「渓月が初めて主君に謁見したのは確か二年前でしょう? その頃は、ただ単純に主君の体が持たなくなっていたのです。わたくしの霊力が強いものではなかったので、常に横たわり動く量を減らすことで、何とか努力を保っていたのですよ」
「なるほど。ですが、二年前に尽きかけていた霊力が運動量を多少減らしただけで、二年間も霊力を保つことができるものなのでしょうか? 以前書物で読んだところによると、神花縁でどちらか一方の力が月かけると、二年どころかひと月で、長くても三月でどちらもが逝去する、と言う記載を読みました。まさか、先帝は霊力を保つために、他にも何かの行動を抑えていたのでしょうか?」
渓月は何気なく聞いたつもりだったのに、散華は手に持っていた盃を机上に落とした。しかも、陶器製でもないのに、その盃は真っ二つに割れてしまっている。
雨足が強くなり、遠くから雷鳴が聞こえる中、散華は机上にあったもう一つの竹製盃に水を注ぎながら言う。
「主君は行動を抑えていたわけではありません。ただ……昔、十五年ほど前に天后を殺害し、その霊力を万一の時に備えて、神花湖の中の保存しておいたのです。ですので、わたくしの霊力が尽きかけてからは、主君は神花湖の中に保存しておいた霊力を使っておりました。もちろん、先にわたくしの体内に取り込んでから。ですが、それも限界があり、亡き天后の霊力もまた尽きてからは、ひと月もたたないうちに主君は少しの霊力をわたくしに残してこのよう離れていかれましたが」
「師匠、誰かを殺害し、その物の霊力を自らに取り込むのは邪術とされ、天界では禁忌なのではありませんでしたか?」
「ええ。ですが、これも主君の決定です。わたくしには、とても反対はできませんでした。それに、天后は穎水が直接選んだ者で、間違いなく彼の息がかかった者です。ですから、主君はこの天后を非常に危険視し、密かに天宮内で殺害しました。その後は、事実をそのまま公にすることなどできないので、天后は病にかかり逝去した、と伝えられたわけですが。まあともかく、主君は自らの手で殺害した天后をそのまま葬り去るのは惜しいと考えたわけです。あの天后には、我々神花にも否定するくらいの強力な霊力を持っていましたから」
「それで、亡き天后から霊力だけを取り出したのですか」
散華はうなずいた。死者の霊力を自らのものにする、と言う邪術は天界では最も敬遠されている術だ。なぜなら、死者の霊力を自らに与える時点で、自らの霊力は誰よりも劣っていることを意味するから。そのような術は、面子を何よりも気にする天界の者は基本的に誰一人としてしようとしない。
だが、渓月の目の前にいる散華は、永聡を蔑む様子はまるでなく、ただ何事もなかったかのように水を飲んでいる。
「渓月、主君が天后の力を自らのものにしたことを軽蔑しないでください。主君は、どのような方法を使ってでも、天界と当時の後継者を守りたかっただけなのですよ。そのためには、多少の忌行いをするのも致し方ないのですから」




