永池の信頼
「でも、禁書は神花楼であれ、秋桜閣であれ、天君の許可がない限りは読めないはずでしょう?」
散華が渓月の手を引き、神花楼へ戻るように促した。
「ええ。昼にでも、主君を訪ねてみることにします」
午の刻に、渓月は天宮の大殿を訪れた。永池は玉座に座り、神妙な持ちで彼女を迎える。彼女は大殿の右側をゆったりと歩き、一歩、一歩、と永池の近づき、思っていたよりも早く彼の足元に到着してしまった。
「主君。儀式の後、よく眠れましたか?」
永池は穏やかな目で渓月を見つめ続けながら、首を横に振った。
「いえ。あまり眠れませんでした。慣れていないからでしょうね、きっと。ところで、帝神も眠れていないみたいですね」
「ええ。よくお分かりで」
大殿に入ってから始めて、渓月がふっと視線を上げる。その向こう側には、当然永池がいる。彼は離れたところから見ても、はっきりとわかるくらい、瞼が半分ぐらい閉じかけているし、目の下には分厚く黒々とした隈までが浮かんでいた。きっと、永池から見た渓月も似たような顔しているのだろう。
渓月は視線を永池からそらさずに言った。
「主君、本日は一つお願いがあって参りました」
「どのような?」
「禁書を読みたいのです」
渓月は昨夜の竹林での話を永池に話した。すると、永池は考える間もなく、彼女に禁書を読む許可を出してしまった。これにはさすがに願い出た渓月も戸惑いを隠さずにはいられない。本来ならすぐにでも永池に礼を言わなければならないのに、この時ばかりはその場に固まってしまった。
「? 帝神、どうかしました? わたしは何か変なこと言ってしまったでしょうか?」
「......ああ、いえ。そうではありません。ただ、わたくしが驚いてしまっただけです。......その、ありがとうございます。ですが、なぜわたくしに禁書を読む許可を出してくださったんですか?」
「? 師匠が禁書必要としてたのではないですか? あ」
永池が恥ずかしげに右手を口元に当てる。どうやら、この三月の間で慣れてしまった呼び方を変えるのには、まだ慣れていないらしい。さっき言っていた「帝神」と言う呼称も、どこか聞いていたぎこちなかった。
「今は我々だけですから、どのように呼んでいただいても大丈夫ですよ。あと、確かにわたくしは禁書を必要としていますが、禁書と言うのは簡単に許可を出せるものではないでしょう?」
「まぁ、本来はそうだと思います。ですが、わたくしは師匠信頼しています。三月の間で、全くと言っていいほど霊力を失っていたわたしを修行してくださった。その間で、師匠の人柄がどのようなものなのかはわかっているつもりです。ですから、師匠が禁書を必要とするのなら、それは本当に必要としているのだ、とわかります。ですから、わたしが禁書を読む許可を出すのは、それほど悩むことではありませんでしたよ。それに」
永池は勢いで、最後の三文字を言ってしまったらしく、あからさまに口をつぐんでいる。予期しない沈黙に、渓月は眉毛をひそめる。
「?」
渓月は何の気なしに永池の言葉の続きを知りたくて、じっとその場で何も話すことなく彼を見ていた。だが、永池はぐっと、唾を飲み込んだ。
「……それに、わたしは師匠を常に気にかけていますから」




