雷に耐性のある神花
「......ということは、当時わたくしは自力で雷に耐えたと......?」
「ええ、その通りです」
渓月は霊力で机上にある蝋燭に火をつけた。
「そういうことなら、それはいいでしょう。では、わたくしの霊力はこれほどまでに弱っているのに、渓月の霊力は我が師並みに高いのでしょうか?」
「それは、帝花種の特性ですよ。わたくしの場合は、雷に耐える力のある師匠から生み出された帝花種より芽生えました。そのため、わたくしには師匠より受け継がれた雷に対する耐性があります。また、霊力に関してですが、霊力自体は帝花種を生み出す帝神の影響を受けません。ですから、わたくしをはじめ、時期に師匠に蒔かれた帝花種から芽生えた神花の兵力は、誰かに勝るとも劣りませんでした」
「......では、皆、あの雷鳴の轟く中、湖から身を出して戦っていたと?」
「その通りです。そのほうが、早く戦い終われますから」
散華は絶句しながら、長椅子に座り込む。だが、ただ一つだけどうしても解せないことがあった。
「それなら、永雨天君の実験は成功していると言えるのでは? なぜ我が師匠は『神花縁奇書』を禁書にしたのでしょう?」
「『神花縁奇書』には、永雨天君がしたように、帝花種の本来の性質を変える記述が主に描かれています。それはつまり、本来あるべき摂理を人工的に変えてしまうことになります。果たして、秋碧帝神はそれをよしとするでしょうか?」
散華は窓を振り返りながら、かつて師事していた秋碧のことを思い出していた。秋碧は何事においても、自然のありのままを好む人だった。ゆえに、竹を切って調度品を作るのも良しとせず、神花域に花を摘んで活けるのも許さなかった。そんな人が、天君とはいえ帝花種の性質を意図的に変えることなど受け入れるはずがない。実際、秋碧は生涯散華を好む事はなく、どこへ行っても、散華を「弟子」と称することさえもなかったのだ。
散華は空咳をしながら、首を横に振った。
「ありえない」
「そうでしょう? でも、秋碧帝神も永雨天君の意思に面と向かって反対することはできなかったそうで、ただ永雨天君の研究と師匠への修行が終わってから、二度と同じことが起こらぬように『神花縁奇書』を禁書とした、と先帝がおっしゃっていました」
「そうだったのですね。わたくしはその話を知らなかった。渓月はいつその話をしたのですか?」
「三月前です。主君を連れて、秋桜閣へ行った時に、偶然先帝にお会いしまして、そこでお話ししました」
「なるほど。理解しました。......ところで、明日は帝神の任命式があるではありませんか。ゆっくり休まなくて良いのですか」
渓月は文机の前にある椅子に座りながら行った。
「今休んでいるではないですか」
翌日、天界の誰もが寝静まっている丑の刻に、永池は星運閣で渓月を帝神に任命した。
永池は室内にある星雲が施された玉座に座り、渓月は彼の足元に跪く。二人は互いに向けて自らの手首にある神花痕を突き出した。
「師匠」
渓月の手が動く前に、突然永池は涙混じりの声で言った。
「これで最後にいたします。だから、許してください」
「ええ。ぜひそうしてください」
「師匠も、最後に一度だけでいいので、わたしの名を呼んでくださいませんか」
手に霊力を宿し、儀式の最終工程を終わらせようとする渓月の手を永池は突如つかんだ。しかし、渓月は無表情を変えないまま、永池の手を振り解き、自らの手に霊力を宿した。そして、それを何の抵抗もなく、自らの神花痕から永池の神花痕へと順番に向ける。渓月の手から霊力が消えた時、二人の神花痕からはどちらも桃色の光が発せられていた。
それは、二人の間に天帝と神花の間で、神花の霊力を天帝の命に換える契り、つまりは神花縁が結ばれたことを意味する。そして、これでようやく帝神任命式という儀式も終わりを告げた。
「......帝神、神花楼に戻ってよく休んでください。儀式、お疲れ様でした」
永池が離れがたそうにゆったりと扉はその後ろ姿を、渓月は黙って見ていた。




