永池の神花痕
永池は顔も名前も誰一人として知らない兵士と共に、天界の後継者のみが住むことを許される、東桜殿に案内された。
東桜殿に永池が足を一歩踏み入れると、そこは純白の壁に囲まれ、部屋中に白檀の香りが充満している。調度品は最低限のものしかなく、その色は全て淡いうぐいす色をしていた。しかも、室内は埃一つないくらいに整理整頓されている。けれど、永池の心の中は、時が経つにつれ乱れていた。
永池はたまらず東桜殿を出ようとすると、扉の外で待機していた、共にこの場所へ来た兵士に止められた。
「殿下。後ほど帝神殿が来られますので、こちらでお待ちください」
「師母が? では、師匠もこちらに来られるのか?」
「師匠? もしかして師神殿のことでしょうか? 師神殿であれば、本日来られるご予定はありませんが......」
大真面目に首をかしげる兵士に、永池は全身でため息をつくしかなかった。師神って、一体誰なんだろう、と思いながら。
「わかった。それなら、もういい。ところで、わたしはいつになったらここを出られるのだろうか?」
先ほど答えた兵士とはまた別の兵士が快活に答える。
「さあ。その点については我々も存じ上げません。後ほど帝神殿がこられてから伺ってみられてはいかがです?」
「うん。そうする」
永池は苦笑いしながら東桜殿の扉を閉めた。
特にすることもなく、ただぼんやりと窓の外を見るか、それに飽きたら瞑想するか、を一刻の間繰り返したところで、ようやく東桜殿の扉が開いた。
あの兵士たちが言っていた通り、散華だった。
「師母!」
と、永池は破顔して言うと、散華は慌てて跪く。
「殿下、恐れ多いです」
「師母、早く立ってください。急にそんなふうになってしまっては、驚いてしまいます」
「まぁ、そうですよね。とりあえず、座って話しますか」
永池と散華はちょうどあった二脚の椅子にそれぞれ腰掛けた。
「殿下、これからわたくしのことは帝神と呼んでください。あと、渓月のことも師匠ではなく、主神、と」
「なぜです? なぜ急にこんなことになってしまったのですか? わたしは今まで天宮とはの生活を送ってきました。師匠と旅に出たり、修行をしたり。その中に、わたしが天宮の者、それも後継者だなんて、言葉は、ただの一度も聞いたことがありません」
「そうでしょうとも。渓月は慎重な性格ですから、自分で確信が持てない事は、相手が誰であろうと、決して口にしようとしないのですよ」
「では、師匠は何を持ってわたしが天界の後継者であると確信をしたのですか?」
散華は永池の腕をそれぞれ一瞥しながら言った。
「渓月曰く、殿下の腕には神花痕があるそうですね」
その言葉を聞いた瞬間、永池は目にも止まらぬ速さで、衣の袖をまくり上げる。すると、たちまち彼の左手首に蓮の花の痕があらわになった。
「あれ? し......帝神殿。この痕、前、確かに左手にあったのですが、今は首にありますね。一体どうしてなのでしょうか?」




