最後の修行
「その言葉だけで、わたくしは帝神となるために修練に励みました。ですが、それでもやはり、わたくしのようなものには大して意味がなかったようです。結局、主君が長命の天帝になることはなさそうだから」
言い終わると、散華は何かを諦めたような笑みを見せた。どうやら、永聡は今すでに虫の息で、散華がわずかな霊力を安定的に保っているおかげで何とか生きながらえているようだ。
「でもまだわかりませんよ」
と、渓月はとりあえず言っては見るものの、散華はやはりただ力なく、首を横に振っただけだった。
「いや。わたくしにはわかります。なぜなら、主君の命はわたくしの霊力なのですよ。わたくし自身が既に霊力の弱体化を感じ取っているのだから、主君が短命であることくらいはわかります」
散華は言いながら、なぜか水壺に神花湖の水を汲み始める。
「師匠、その水は何のために汲んでいるのですか?」
「主君に飲んでいただくのですよ。この水を飲めば、主君の霊力も少しだけ長く保つことができるでしょう?」
散華汲んだばかりの水を届けるため、という名目で戻ってきたばかりの神花域を離れ天宮へと向かった。
渓月は彼女を見送った後で、まっすぐに竹林へ向かう。散華と話していただけなのに、気付かぬうちに既に半刻もの間、永池を放置してしまっていた。
「永池?」
竹林で相変わらず瞑想をしている永池は、渓月が思っていたよりも体力的に疲れてはいなさそうだった。
渓月が呼びかけに応じるかのように、すぐに瞑想にふけっていた永池は目を覚まし、満面の笑顔まで見せてくれる。
「師匠! 師母とのお話は終わったのですね。師母はどちらに?」
「天宮へ行きました。ですが、物を届けたら帰ってくるとおっしゃっていたので、おそらく日が暮れるまでには戻られるでしょう。ところで、ずいぶん長く瞑想をしていたようですが、疲れてはいませんか?」
「はい、案外大丈夫そうです。むしろ、全身が霊気に包まれて、力が満ちているような感覚がします」
瞑想を終えたばかりだと言うのに、永池は自らの霊力をその手に宿してくれる。瞑想の直後は負担が大きいはずなのに。しかも彼の霊力は充分自力で自らを守ることはできるくらいまで強力になっていた。
「それならよかった。出かけたいのですが、すぐに行っても構いませんか」
「もちろんですよ。でもどちらへ向かうのですか?」
「桃源郷ですよ」
渓月は竹林のざわめきを、全身でひしひしと感じながら答え、心の中では感慨深げに思っていた。
(いよいよ時が来てしまったか)
桃源郷は三月前には咲き誇っていた桃の花が、今やほとんど散ってしまっていた。桃源郷の桃の木は、これから実をつける木がまず一度桃の花をすべて散らせる。花の一切ない状態で、霊力を溜め込んだ際は、それぞれ十分に霊力が溜まった時に霊力の詰まった桃のみをつける。一方、これまで桃の実がついていた木は実を維持するのに、十分な霊力がなくなりそうだと判断した瞬間に、一斉にについていた実を地面に落とす。それから、余っている霊力を使って、桃の花を咲かせるのだ。
と言う説明を渓月から聞いた後、永池は一つだけ純粋な疑問を尋ねる。
「そういうことなら、どうしてこのは花を咲かせるのですか? 桃の木をつけるためならば、花を咲かせずに霊力を溜め込んだほうが早いのではないですか?」
「本来はそうですね。でもそれはできないのです。桃源郷を作った神仙は、桃の花がそれぞれの桃の木の霊力の源であるとしたから」
霊力の源となったものは、霊力を溜め込む際に必ずその姿を露わにしなければならない、という決まりなのだ。
それを永池も秋桜閣で『天界概要』を読んでから、しっかりとその頭の中で記憶している。
「なるほど。あ、そうだ。そういえば、師匠は、なぜ私をこちらに連れてきたのですか?」




