散華の過去
散華は視線を再び神花湖の水面に移しながら語り始めた。
「わたくしは、師である秋碧帝神が帝神の位に就任したばかりの頃、この神花湖に植えられました。当時師が蒔いたのは、渓月の時と同じ五粒の帝花種でした。ですから、わたくしもこの池の中で開花してすぐに、他の五輪の神花らと戦う必要があったのです、本来は」
散華らが最初の戦いを迎えることになったのは、永雨が即位してから、ちょうどふた月が経った頃だった。
未の刻に戦いの始まりを告げる鐘の音が鳴る。その音が神花楼にも届いた瞬間に、神花らは一斉に容赦ない戦いを始めた。最も弱かった、散華を除いて。
雨が降り始めてから一刻ほどした後、神花域で雷が鳴り始めた。神花は雷に弱い。そのせいで、全力で生き残りをかけて戦っていた神花たちは次々と力を失い、その場にしおれ始めた。それからすぐに雷鳴を聞きながら枯れていたのだ。戦うのを恐れて、神花にとって障害となりうるものから守ってくれる神花湖の水中に全身で潜っていた散華を除いて。
神花域を襲った雷が通り過ぎた後、ようやく枯れる覚悟を決めた散華が水面に体を出した時、幸か不幸か彼女の運命は決まってしまった。
神花湖には秋碧だけが静かにたたずんでいて、同情するような視線で散華を見ていた。
「まあ、それもまた運命か」
秋碧がふっと微笑んだ瞬間に、散華の体を湖が持つ霊力が包んでいく。その半刻の後、散華らは花から人の姿へと変化した。
散華は神花湖を出ると、すぐに秋碧に向けて跪いた。
「師匠にご挨拶申し上げます」
秋碧は変化したばかりの散華を人目見ることもなく、ただ水面に浮かぶ枯れ草となり果てた神花たちを眺めながら言った。
「こたび、多くの神花が雷に散ったのです。その中は勝ち抜いたのは誠に容易ではない。お前は今から散華と名乗りなさい」
「名を与えてくださり、誠にありがとうございます。これからは、精進して参ります」
散華は跪きながら、自らを嘲笑する他なかった。
(華が散った、か。師匠はやはり枯れ草のいずれかを弟子に望んでいたんだな)
争いを勝ち抜いて翌日から、散華は秋碧の下で神花としての厳しい修行を重ねた。しかし、元より一般の神花よりも、はるかに霊力が低いことも相まって、いくら修行をしたところで、霊力がなかなか強力にならない。通常なら三月もあれば神花の、短時間ではあるが、強力な霊力を操ることができるはずなのに、彼女の場合はその状態になるまで一年もの時を費やしてしまった。
それに対して、散華の主君となる永聡は稀代稀に見るの持ち主で、十二歳にして強力な霊力を天界全体に行き渡らせるほどの能力を持っていた。そのせいで、有能な後継者に対し、神花の能力が不十分なのではないか、と言う噂まで天宮にはびこってしまったくらい。
散華は当時を思い出したのか、かすかに涙ぐんでいるようにも見える。
「その当時はわたくしも自らの無能を忌み、主神の地位から逃げようかと思っていました。ですが、神花域の竹林で修行していた当時、たまたまそこを訪れていた主君に言われたのです。彼にとっての主神は、わたくしだけだ、と」




