永聡の病状
静まり返る神花楼内で、散華の息を呑む音だけが異様な響きを持つ。少しすると、彼女の涙ぐむような音までが渓月の耳の中に入ってきた。
「渓月。では、殿下の霊力はどれほどまでに回復したのですか」
「遠隔でものを動かしたり、自らを守るための陣を敷くような簡単な術であれば、問題なく使えるようにはなりました。とは言え、天君となるものに必要なだけの霊力はありませんし、これからも持つことができるかどうかはわたくしにもわかりませんが」
「......なるほど。それでも長く俗境にいた者が、そこまでの霊力を取り戻せたのも例にないことですよ。それに、霊力に関しては最悪どうにかもなります」
渓月は散華の言う霊力を「どうにかする」方法を尋ねる言葉を飲み込んだ。どことなく、その点に関してはむやみに触れてはいけないような気がして。
「そういえば、殿下を緒明に指導させないのですか」
「師匠、実を言うとわたくしも彼に殿下の指導をお願いしたいのですが、肝心の当人がそれを固辞するのです」
「なるほど」
楼外から聞こえてくる竹の泳ぐ音や鳥の鳴く声が、重くなった楼内を包んでいく。
「渓月」
散華の声に、渓月が顔を彼女の方へ向ける。
「緒明の方は、わたくしが説得いたします。でないと、主君の病状がどうにもならなくなる前に、正式な後継者がいることを天界に発表できなくなってしまう」
「師匠、天君の病状は、それほどまでにひどいのですか」
沈黙。
「そういえば、天君は以前から病がちでしたよね? 歴代の天帝を見ても、病弱なものはほとんどいなかった。なぜ、天君は歴代天帝よりもはるかに病弱なのでしょうか?」
素朴な声で尋ねる渓月に対し、なぜか散華は遅々として答えようとしない。
だが、少しして、意を決したように散華は言った。
「それは、わたくしの霊力が他のどの神花よりも低いからですよ」
今度は、渓月がすっと息を呑む番だった。
「あなたは知っているでしょう? 我々神花と天界の主となるもの間には、神花の霊力を天帝の命に変える。契りを結ぶことを」
「ええ。もちろんです。神花の霊力が強ければ強いほど、契りを結んだ天帝は長生きし、安定した霊力を長く持つことができる。だから、我々神花は自らの主君を長生きさせ天界に安寧をもたらすために、まずは激しい戦いを勝ち抜き、それから強力な霊力を有する修行を行う。そして、各地の遊歴を経て、己の持つ霊力が強力かつ安定なものになったと、自らの主君とその契りを結ぶ。これは、我々神花の運命ですよ」
「その通り。でも、わたくしには元から強力な霊力を持ちるだけの才覚がなかったのです。ただ、まぐれにまぐれが重なり、わたくしだけが生き残ってしまった。本当はそうなるべきではなかったのに」
散華が楼内の天井を見上げながら、長いため息をつく。
「師匠、それは一体どういうことなんですか?」




