指導の請願
渓月は『天界概要』を、座り続けている永池に渡した。
「かなり待ちましたよね? 申し訳ない。これが、今のあなたに必要な書物です」
その瞬間、永池は立ち上がろうとしたが、渓月は無言で、彼の肩を押さえる。
「ありがとうございます」
永池は不思議な表情をしたまま、腕を伸ばして書物を受け取った。
「では、とりあえずそれをよく読んでおいてください。わからなければ、わたくしか緒明殿に聞いてくれれば結構です」
「わかりました」
「我々は永池の邪魔にならないように、少し離れた場所にいますね」
何かを言いたげにする永池をとりあえず放置して、渓月と緒明は彼から十歩ほどの距離を取った。
「見えましたか?」
歩を止めた瞬間に、渓月は聞いた。
先ほど渓月は、自らが渡した書物を受け取るために、反射的に腕を伸ばした永池の袖口から、彼の神花痕を緒明に見せていたのだ。
「ええ。はっきりと見えましたよ。確かに、あの者の腕には神花痕があります。認めましょう。ですが、その上で主神殿はわたくしに何を求めるのですか?」
「彼の師となってほしいのです」
緒明が文字通り息を飲んだ。
明かりであるどこかのろうそくの日が消えたのか、秋桜閣が一段と暗くなる。
「わたくしには無理でしょう」
「なぜですか?」
「あの方には霊力がほとんどありません。霊力がない者に天帝となるための教えを施すのも無駄ではありませんか」
緒明がうつむきながら話す間に、外では珍しく雨がしとしとと降り始めていた。
「無駄? ええ、そうでしょうね。古今東西、天帝となった者の、霊力が低かったことなどほとんどありません。ですが、何事にもいつか例外は起こるものです。それに、今の状況で、彼以外に後継者となり得るものがいるとでも?」
「穎水殿下がいらっしゃる」
「では、あの方の人格が天帝にふさわしいとでも思いか?」
穎水は永聡の弟なのだが、その性格は、天地の差だというのが、もっぱらの噂となっている。永聡は温厚なのに、穎水は残酷極まりないと言うのは天宮に務めるものであれば知らぬ者はいない。
「まさか。ですが、あの方であれば霊力は充分でしょう」
「ええ。でも、あの方の人格は天界に害をもたらします。それだけは阻止しなければならない。それに、命運は彼を選んだそれならば、わたくしは彼の神花である以上、できることに尽力します。でも、そのうちの一つがあなたの説得なのですが」
「説得? わたくしを?」
「ええ。天界の真の後継者に相応の指導が行えるのは緒明殿だけですから。どうか、お願いいたします」
「なぜ、そこまでしてわたくしに乞うのですか」
雨は止むことを知らず、たすらに激しさを増していくばかりだった。
「天君が一刻も早く後継者の宣布を待ち望んでいるからです。緒明殿も天君の状況に関してはご存知でしょう?」




