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神花の契り  作者: 廃人仙女
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神花の誕生

 天界の主、天帝永雨(えいう)が逝去した。

 彼と契約を結んだ神花(しんか)秋碧(しゅうへき)帝神(ていしん)が突如として枯れたためだ。彼女が枯れた原因は、誰も知らない。唯一の弟子、散華(さんか)主神(しゅしん)も含めて。

 天帝は天界の全ての土地と神々を統一する。そんな天帝と、寿命の契約をするのが帝神だ。帝神には、代々激しい生き残りを懸けた戦いに生き残った特殊な霊力を持つ花である神花のみがその地位に就くことを許される。主神は、次期帝神となる者の地位で、誰もが直視できないほど高位にある。だが、誰一人としてその地位に就くことを望む者はいない。

 天帝と帝神の間には寿命の契約がある。そのせいで、天帝は帝神の修行で得た寿命のみ生きることができ、帝神はたとえどれほど修行をしたとて、それを全て天帝に捧げなければならない。そして、どちらか片方が世を去れば、残ったもう片方も遅かれ早かれ同じ道を辿る。そう運命付けられている地位に誰が就きたがるだろうか。

 永雨もまた避けられなかった運命に、今度は永聡(えいそう)が新しく天帝として即位した。それと同時に、帝神として散華が封じられる。

 新帝即位の儀式と、新帝神任命の儀式が同時に観星堂(かんせいどう)で執り行われてから一刻の後。神花のみが入室を許される神花湖(しんかこ)に、散華はある種を五粒蒔いた。

 彼女が蒔いたのは帝花種(ていかしゅ)と呼ばれる、神花を生む種。その五粒のうち、最後まで生き延びられるのはたったの一粒だけ。

 天界の主は一人しか存在し得ないと、太古の昔から決まっているからだ。


 散華が弟子を迎え入れた日、雷鳴は鎮まることを知らなかった。

「師匠にご挨拶申し上げます」

 と跪きながら、散華の目の前にいる神花が言う。彼女は、顔を伏せていてもわかるほど一際目を引く美しい容貌をしているが、その目に宿る強い意志は、さすが神花の争いを勝ち抜いただけのことはある。

「顔を上げなさい。わたしの前で、それほどまでに重苦しい礼をとる必要はありません。ところで、お前はまだ名を持たぬでしょう?」

「はい」

 だが神花が返事をしても、散華はすぐには何も言わなかった。ただじっと、神花湖に浮かぶ枯れ草を眺めながら、何かを思い出しているようにも見える。

 相変わらず跪いたままの神花の膝が痛み始めたところで、ようやく散華は口を開いた。

「今日からお前は渓月(けいげつ)と名乗りなさい。主君にはわたしから報告しておくので、お前はここでよく休んでください」

「かしこまりました。師匠のお気遣い、胸にしかと刻みます」

 渓月が深く拝礼したのを横目に、散華は一人天宮へと向かった。


「帝神、どうかしたか?」

 と、天宮で天帝が神官らと政務を執り行う大殿(たいでん)に入って早々に、散華は永聡に言われた。彼は、普段神官らと会議する時とは異なり、穏やかな表情で玉座に寝そべっている。

 散華は苦笑しながら最上級の拝礼をする。その姿勢をほどき、立ち上がりながら彼女は口を開いた。

「本日、わたくしは弟子を迎えました」

「ほう。帝神の弟子、ということは次期帝神ですか。名は?」

「渓月です」

 渓月、と永聡は呟きながら何かを考えている。だが、主が何を考えているか、など散華は考える気すら起こらない。なぜなら、たとえ推測したところで褒められることなどなく、せいぜい不敬罪に問われて天宮を追放されるだけだからだ。

 永聡は徐に身を起こし、散華に向き直る。

「渓月、というのは、この雷鳴の中でも生き残った神花でしょうか?」

 と、彼は恐れをなしたように訊ねる。

「……左様です」

 散華も内心怯えながら答えた。

 冷たく静まり返る大殿で、永聡は密かに嘆く。

(この天界は一体どうなるのだろうか)

 依然として轟く雷鳴の音に自らの聴覚を委ねながら、永聡は静かに言った。

「神花は雷の音に弱いです。通常なら、聞いただけでも枯れることはまずないのです。生き残れるには何か理由があるに違いないでしょう。散華、何かわかったら、すぐに私に伝えるように。天界の後継者の出生ももう間もなくです。わが子に何があってからでは遅い。必ず、我々が存命の間に原因を探してください」

「はい。ただ、万一本当に渓月の身に問題があった場合はいかがなさるおつもりですか」

 散華はとどまる気配のない耳鳴りに耐えながら聞く。新たな帝神の弟子がその地位を継げないなど、前代未聞だ。

 永聡は天を仰ぎながらつぶやくように答えた。

「その時は、その時でしょうね」


 神花湖には枯れ草が四つ、水面に浮かんでいる。

すべて、渓月との闘いに敗北した神花たちだ。戦いに敗北した瞬間、それらの魂は消滅し、生まれ変わることもかなわない。

 渓月は枯れ草に向けて、敬意を示すために一礼した。

 その時、神花湖の入り口から外の光が一筋漏れる。

「渓月? なぜ枯れた花にそんな重苦しい拝礼などしているのですか?」

 散華が僅かの眉を顰めながら厳しい声で言

う。同時に、扉から漏れていた光も消えていった。

「師匠。枯れたとはいえ、あれらは全て私の戦友です。枯れてしまっても、私と本気で闘ったことに対しては充分な敬意を示すべきではないでしょうか」

渓月の透き通るような黒い瞳が、その師を捉える。

 一方の散華は、鋭く冷たい視線で、その弟子の美貌を捉える。それから、ふっと視線を上げ、「枯れ草」が消えていくのを人知れず見届けた。

「戦友、ですか」

 という氷のような声が響いたのはまさに、「枯れ草」が全て跡形もなく消えてしまった時だった。

「いつまでそのような生半可な人情を持つ気なのですか」

 散華の眼は徐々に鋭さを帯びていく。

「いいですか、お前にはこれからもっと多くの使命ができます。そして、そのために多くを犠牲にして修練に励まねばなりません。じきに天界にも後継者が出現するでしょう。その言葉の意味が、お前にはわかっているはずです。その時になっても、まさかお前は旧情を懐かしむつもりですか」

「……いいえ。もう二度と、同じようなことは致しません」

 再度跪き、頭を地につけようとする渓月の姿を見ながら、散華はひそかに嘆く。

(この子は情が深すぎる)

 渓月もまた、師からは見えぬようにひそかに涙を流す。

(いかなることがあっても、誰に対しても安易に感情を見せてはならない。でなければ、自らの弱みをみすみす他人に見せることになってしまう。それでは、私の契約者を守ることなど到底できない。私は、私の役目を果たせなければならない)

 と決意を固めながら、再び渓月が顔を上げる。そこには、ただ冷淡な表情だけがあった。

「それでよいのです」

 散華が満足げに言う。

 その時、渓月の右手首に猛烈な痛みが走る。それを嘲笑うかのように、風もまた強く吹いていた。神花湖を守る扉ですらも、その風に吹き飛ばされそうなほどに。

「うわああああ」

 と、痛みに耐えかねている渓月の隣で、散華は彼女の背中をさすりながら悟る。

(後継者が誕生したか)

 一刻の後、風は弱まり、雷も鳴りを静めた。渓月の痛みもまた、何事もなかったかのように引いていた。これまでのように、静かで穏やかな時が流れていた。

 だが、この一刻で起きた変化は小さいものではなかった。

 渓月の手首には、蓮の花の形をした痕が出現していた。

 そして、天帝は天界の者全てに聞かせられる鐘を鳴らさせた。

 その鐘が鳴らされるのは天界に後継者が誕生したときのみ。古今東西、例外はない。

 その鐘の音は、当然神花湖にも届いていた。

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