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怪奇浪漫BOX   作者: 座堂しへら
シャマンの戯れ
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98 重い宿命

 ここで少し、新訳聖書における預言者ヨハネの話をまとめてみよう。


 ヨハネは、聖母マリアの従姉妹であるエリサベトのもとに、天使の告知を受けて生まれる。ヨハネは幼少の頃には家を出て、荒野で修行し、人々に教えを説いた。ヨルダン川のほとりで、彼の洗礼を受ける為に多くの人が集まった。イエスキリストも彼から洗礼を受けている。


 このヨハネを恐れていたのは、時の領主ヘロデ王であった。ヘロデは人々の人気を集めるヨハネが、反乱を起こすのではないかと恐れていた。また、ヘロデは実の弟であるピリポと、その妻ヘロディアスを離婚させ、法律を曲げて自分の妻に据えた。それを不道徳であると、公然と非難して来たヨハネをヘロデは捕らえ、井戸の底に幽閉した。ヘロデの妻へロディアスもまた、自分を邪悪な女と罵るヨハネを憎み、王に処刑を願う。しかし、ヨハネが救世主かもしれないと考えるヘロデは、神罰を恐れてヨハネを殺せずにいた。


 そんな時、ヘロデ王の生誕を祝う宴の余興で、美しい舞を見せたヘロディアスの娘が、褒美の品に所望したのは、預言者ヨハネの首だった。




 ※※※※※


「ここ一面が花畑だったとしたら、かなり壮観な眺めだったろうな」


 帰りに買った喜久福きくふくを頬張りながら、古谷はのんびりと語る。ずんだ生クリーム大福をこよなく好む古谷は、そればかり買っていた。とはいえ、32個はさすがに買い過ぎだろうと、うさぎは密かにドン引きしていた。


ー冷凍だから、何日も掛けて、ゆっくり食べるんですよね?もちろん……


 食事を終えた一行は、また青少年会館に戻って来たが、まだ開始時間まで余裕があったので、遺構を見に来たのだ。


 実際に見るのは初めてだった。

 広い平野には、何もない。


 少し雑草が生えていた。遺構には踏み込めないようにロープが引いてあり、簡易の看板に岩森遺跡と筆で書かれているのみ。向こう側のイシズ塚には、立派な石碑が置かれていたが、他には特に、目を惹くような物は無い。小ぶりの塚が静かに鎮座するのみである。


「神殿を復元でもしない限り、観光資源にはならなそうねー」


 小田もしみじみとぼやく。


「ついでにヤマユリの花畑も復元したら、それなりの公園になりそうですけどね」


 谷川が楽しそうに言って、神殿跡を眺める。


「かなり大きな、建造物だったみたいだね」


 遺構から推測されるのは、この辺りでは珍しい高床式の建造物らしい。


「今の発掘作業は、この近くじゃないのか?」


 古谷はきょろきょろと周りを見渡すが、この辺りからは、ボランティアの作業員達の姿が見えない。


「発掘作業は、もうちょっと北に行った所よー。丁度林の陰になってるから、ここからは見えないわねー。もともと土器は多く出没してたらしいんだけど、記実に沿っていれば、大きな硝子工房があったんじゃないかって。炉が見つかりでもすれば、さらにこの辺りの生活様式が、詳しく分かってくるわー。楽しみね」


「そうすると、この神殿は、集落からは少し、離れていた事に、なりますね」


 巫女であるアテラは、この神殿で生活していたはずだ。使用人はいたとしても、かなり寂しい生活だったのでは、なかろうか。特に、花も咲かない、今の季節は。


ーだから、結婚を、望んだのかな?


 実際は、結婚などできぬ身でありながら。


「例えお墓でも、そこに夫がいれば、多少は慰めに、なったのでしょうか?」


「さあな。もしかしたら、イシズが望んだ事かもしれないしな」


 古谷は寒そうに身を縮めながら、向こう側の塚を眺める。いつの間にか眼鏡をしていた。


「自ら、首を斬られる事を、望んだと?」


「ん?やけに否定的だけど、なくは無いだろ?夫婦の様に寄り添う道が、他に無かったのであれば」


「そう、ですね」


 寄り添う事が、目的なら。


 でも、ならば。


「共に、逃げてしまえば、良かったのに」


 うさぎのボヤキに、古谷は優しく笑ってから、穏やかに語る。


「逃げられない人もいるさ。己の人生より、重い宿命さだめを背負っていたなら」


「宿命、ですか?」


「この時代、シャマンは神の子とされた。そして、蝦夷の民が崇拝していた神は精霊、即ち自然そのものだった。東北の、厳しい自然の中で神の声を聞き、民を守り導く事が出来るのは、シャマンだけ。彼女がこの地を離れれば、民は神との繋がりを失い、見放される。奈良時代なら、平均寿命はせいぜい30歳前後。いや、狩猟を主とする民族だから、もっと短いかもしれないな。ただ生きる事すら、困難な時代だった。だから、己の人生の全てを捧げて、シャマンは神殿に閉じ籠る。窓から注ぐ陽の光だけが、慰めだったとしても」


 イシズが生きる事よりも、結ばれる事を選んだのか。それとも、アテラが殺してでも伴侶を得たいと願ったのか?以前のうさぎなら、理解できないと首を捻っていただろう。だが、今は少し違う。


ー命を賭しても、示したかった愛情が、あったのかもしれない。永遠に失ってでも確かめたかった、愛情があるのかもしれない。そしてその答えが、この花園だったとしたら……


「せめて生前、美味しい物くらい、いっぱい食べられてたら、良いですね」


「喜久福いっこ、お供えして行こうか?」


「アリが来ちゃうんで、やめて下さい」

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