97 洗礼者ヨハネの首
昼食は、近くのラーメン店へと向かった。疲れ果てた谷川が、「こってりしたラーメン食べたい」とぼやいた為、今日の昼食は仙台っ子ラーメンに決まった。古谷の車に皆んなで乗って、まとまって移動する。ラーメン屋駐車場に車を停めた古谷は、隣の甘味処の看板をうっとりと見つめて言った。
「なあ、帰りは喜久水庵で、喜久福買って帰ろう?」
古谷の隣で、谷川がうんうん頷いている。
疲れた体は、甘い物を所望しているようだった。
「だいぶ、遺跡について分かって来たみたいですね」
テーブル席に着いて注文してから、一息ついた谷川が、水を飲みながら小田に声を掛ける。
「そうみたいね。見つかった跡地に関しては、高床式の神殿でほぼ間違いないでしょうねー。卜占を行う合手羅というシャーマンの神殿で、合手羅は馬や猪の骨を使い、郷の行末や天候を占っていたって事までは、いくつか解読した町史関係の書類から分かって来たわー。古谷君が読み進めてる覚書も、首塚の伝承に触れてたんでしょー?」
「まあ。といっても、ほんと一文から二文程度だけでしたけどね」
古谷も水を一口飲んで喉を潤わしながら、答える。
「でも、ちゃんと文章として記録されてる事に、意味があるわー。例え備忘録でもね。貴重な歴史資料である事に違いないわ」
「首塚の事は、どんな事が、書かれてたんですか?」
うさぎが見上げると、古谷は眼鏡を外して胸ポケットに入れながら、答えてくれた。
「首塚に弔われているのは伊支図という名の戦士。これは前から分かっていたけど、あまり詳細な伝承は伝わって無かった。俺が読み進めた備忘録によると、イシズは集落を守る蝦夷の戦士で、シャマンである合手羅と婚姻を結ぶ為に首を落とされ、その供養として神殿の前に首塚を作り、そこに弔われたとされている」
「婚姻を結ぶ為に首を落とされた、ですか?」
太郎も首を捻る。何故、結婚する為に首を切られねばならぬのか。
古谷は肩を竦めて見せてから、簡単に説明してくれた。
「まあ、憶測にはなるけど、アテラは卜占を行う巫女だったからな。神聖力を失わない為に、純潔な身でなければならない。神の使いとして、本来婚姻も許されていないはずだから、実際はイシズとも婚姻を結んだわけではなく、所謂『結婚ごっこ』だったんだろうな。男女として交わる事を回避するため、体は切り離され、首だけがアテラの元に届けられたんだろう。実際、アテラと対面出来たのは、数人の専属女官と、郷長だけだったらしい」
「首だけが、巫女の元に」
「それは、双方合意の元、だったのでしょうか?」
「さあ。その辺は、詳しい記載も無かったし、分からないな。アテラはイシズの塚を作ると同時に、塚と神殿の間に、広大な百合畑を作った。アテラにとって、イシズが特別な相手であった事だけは、間違いないだろう」
「百合畑、ですか?」
「そう。わざわざ水田を潰して、百合の花を大量に植えたそうだ。意味は、あるのだろうな」
そんな話をしていると、ラーメンが出来上がり、テーブルに届く。
「まあ、イシズ塚の伝説は一つじゃない。他にも、イシズは最強の戦士で、偉大な戦果を収めた為、その褒美として亡骸がアテラの元に献上され、丁寧に弔われた、という説もある。ただ、この辺りはあまり大きな戦乱は起きておらず、どのような戦果だったかは、定かじゃないけどね。それに、この場合は何故普通に墓を作るのではなく、首だけを弔ったのかという謎が残るな」
谷川もラーメンを食べながら教えてくれる。
ー特別な人。百合の花畑。
うさぎは、ラーメンから立ち上がる湯気を眺めながら、夢想する。
ー愛してるから、わざわざ首を刎ねて、自分の物に?
そうしないと、手に入らないから?
何故なら、穢れが許されない、巫女だから。
ーそもそも、愛していたのかも、分からないのでは?
アテラは、専属の女官と郷長にしか、会うことが出来ない。
ー神殿の窓から、イシズを眺めていた、とか?
腕の立つ戦士なら、郷の心臓とも言える神殿を守る役に就いていたかもしれない。
ー恋をして、だから、殺して、手に入れた?
何か、この話、知ってる。
「うさぎ?ラーメンのびるぞ」
「あ、はい」
ゆっくりと、箸を動かし、ラーメンを掴む。そして、うさぎはかつて見た歌劇を思い出す。
異国の、長い髪の、少女が舞う。
ヘロデ王の前で、どこまでも美しく、そして艶かしく。
少女の名はサロメ。
王は美しい舞の褒美は、何が良いかと尋ねる。そして、サロメは答える。
「洗礼者聖ヨハネの首を」




