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怪奇浪漫BOX   作者: 座堂しへら
シャマンの戯れ
94/267

94 深淵

 朝、うさぎがいつもの時間に登校すると、道中に何人か先生達が立っていた。生徒の安全確認と、マスコミ対策だろうか?

 一人一人、挨拶して通り過ぎる。その中に古谷の姿は無かった。


 道ゆく生徒達の話題は、昨日の事件の事で持ち切りだった。どうらや、被害者は酷いイジメにあっていて、学校も、見てみぬふりをしていたとか。もうすぐ週刊誌に詳しく載るから、きっと大変な騒ぎになると囁かれていた。


 学校に着くと、いつもより教室は落ち着きの無い雰囲気だった。時間になると、担任の葉山先生が来て、昨日の経緯を説明してくれた。結局、まだ詳しい報告は警察からは無いので、あまり噂や憶測に振り回されないように。マスコミには、いらない事言わないようにと、口酸っぱく釘を刺された。


ー隣の教室でも、古谷先生、同じような説明、してるのかな?


 きっと、葉山先生より緩い感じで、適当に説明している事だろう。


 昨日も結局、彼は夜遅くまでうさぎの家でグダグダしていた訳だが。特に何かが進展する訳でもなく。そう、いつもの如く。彼は決して、一線を超えるような真似はしない。決して。


ーあの人、本当に、私の事、好きなのかな?


 いや、確かに、ダイヤの指輪、もらったけど。


ー恋愛って何だっけ?何かよく、分からなくなって来た。


 キスしない。ハグしない。ほとんど手も繋いだ事ない。肉体関係なんて、もっての外!


 恋愛とは!?


ーえ?あの人、ホントに私の事好き?


 何だか、最近モヤモヤが止まらない。クリスマスや、お正月を共に過ごしたあたりから、何だかソワソワする。


ーでも、少しだけ、彼の深淵しんえんに、触れた気もする。


 昨日、何気ない会話の中で、うさぎのマンションの広さが、丁度良いという話になった。間取りは2LDK。リビングの他は、寝室と仕事部屋として使っている。古谷は、リビング以外入った事はないが、部屋の位置と用途は説明してあった。


「俺、一軒家に一人暮らしじゃん?完全に部屋持て余してるんだよね、当たり前だけど。使ってなくても埃は溜まるからさ、掃除も大変だし、家の中寒いし。一応2階に自分の部屋あって、ベッドはそこにあるんだけどさ、夏はともかく、冬場は風呂入ってコタツに入って、テレビ見ながらビール飲んでると、そのまま気失って、朝になってるわけよ。で、毎朝体が痛いの。コタツで乾燥して体カラッカラだし」


「もはやコタツを捨てた方が、健康に良いのでは?」


「それだけは出来ない。例え命を落としても」


 コタツ大好き古谷は、迷わず言い切る。


「とにかく、家が広く感じるんだよなー」


 古谷の家は、元は四人家族で住んでいたという。両親と、4つ下の妹。古谷を除く家族三人は、ある日、妹のピアノの発表会で、車で出掛けて行き、そのまま帰らぬ人になってしまった。


「毎年、家族全員で行ってたんだけどさ。俺が中2くらいから、お年頃になっちゃって、俺だけ行かなくなったんだよね。で、その年は、行っても良いかなーって思ってたのに、妹に「どうせお兄ちゃんは、今日も行かないんでしょ?」て言われて、ちょっとカッチーンと来たから、やっぱ行くの止めたんだ。あの時、もうちょっと大人になれてたら、一緒に逝けたのにな」


「妹さんが、守ってくれたんですね」


「死ぬほど口が悪いんだ。いったい誰に似たのやら」


「遺伝ですかね」


「でも、俺は何かと恵まれてたからな。親にも、周りの親族にも、ご近所さんにも。特に苦労する事も、不自由する事も無く、やってこれたんだよね。まあ、もう高校2年だったしな。ある程度の事は自分で出来たってのもあるし。親の遺産も、大人になるまで叔父さんが守ってくれたし。幸せなんだよ、俺は」


 そう。古谷の言う通り、彼は恵まれていたのだろう。だから、驚く程穏やかに時が流れ、その穏やかさ故に、思い出が浄化されず、滞留を続ける。古谷の家には未だ、家族の残影が色濃く残る。それぞれの個室、妹のピアノ、母が好んだ食器、父が愛用した靴べら。何か転機でも無ければ、処分する気にもなれないのだと言う。

 愛しい記憶と伴に、それらは残酷にも、目の前に在り続けるのだ。だがそれは、悪い事とも、言えない。


「一軒家、いいじゃないですか。犬も猫も飼えるし、庭でバーベキューできるし、それに、将来子供が出来ても安心です」


「そうなんだよねー。売っ払えば、立地も良いし、結構金になるんだろうけど、やっぱ持ち家だと安心だよなー。未来の奥さん的に、どう思う?やっぱポイント高い?」


「馬鹿言ってないで、さっさと帰って下さい。もう9時過ぎてますよ」


 こうして古谷を追い払ったうさぎは、一人マンションの部屋に残って思う。


「忘れてたけど、一人は、寂しい」




 予鈴が鳴って、うさぎは我に帰る。いつのまにかホームルームは終わり、担任の葉山の姿も無くなっていた。


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