92 今夜は冷凍餃子です
間も無く、うさぎの住むマンションへ到着する。これまで何度も送ってもらった事があるので、古谷は場所を熟知している。なんなら、部屋に上がってお茶を飲んで行った事すらある。
「着いちゃいましたね。ありがとうございます」
一応、礼を言うが。古谷は玄関ホール前から、動こうとしない。
「先生?」
「寒いですし、上がってお茶でもどうですか?と、誘われるのを待っている」
「ええ……あれ?でも、学校に戻らないとなんですよね?」
「そんなの嘘に決まってるだろ。見ろ、この荷物。帰宅する気概しか感じないだろうが」
「え?そうなんですか?」
「戻るとでも言わなきゃ、一番家が近いうさぎを、最後に送って行くの不自然になるじゃん?」
「……大人って」
「てな訳で。いつもより早く帰宅できて、俺はルンルンなの。分かった?」
「はあ。では、お茶でも、飲んで行きますか?」
「よし!」
ここでグダグダしていて、他の住民に見られても面倒なので、さっさと古谷を連れてマンション内に入る。高い所があまり得意でないうさぎは、3階の部屋に居住していた。角部屋なので、気に入っている。
「あー、寒かった」
「今、エアコン付けますね」
「おー、サンキュー。うさぎさあ、石油ストーブ買ったら?あれあったかいよ?灯油なら、俺買って届けてやるし。ウチの隣ガソリンスタンドだし。今度の休み、一緒に買いにいく?」
「流石に、そこまでしてもらうのは、悪いです。それに、コタツもあるので、今のところは大丈夫ですよ」
言いながら、コタツの電源も入れる。流石に東北の冬は寒いが、何とかエアコンとコタツで凌いでいた。
「そうかー?ウチで余ってるの持って来てやろうか?欲しい時は、いつでも言って」
「はいはい。コーヒーか紅茶しかありませんが、どっちが良いですか?古谷さん」
「あ、俺淹れるよ。うさぎは、手を洗って、アレ着けて来てちょうだい」
「アレ、ですか?」
「そう、アレ」
うさぎは頬を染めながら、脱衣所で手を洗うと、鏡の前に置いてある指輪を手に取る。シンプルだが、美しいダイヤの付いたプラチナの指輪だ。
『無理です!受け取れません!こんな高価な指輪、着けてる高校生なんて、いません!』
クリスマスイヴ、戸惑ううさぎに構わず、古谷は自らの手で、うさぎの指にその指輪をはめた。かなり強引に。
『なら、家の中だけでいいよ。帰って来たら、着けて』
そんなやり取りの後、指輪を受け取ったうさぎは、約束通り家でのみ、その指輪を着けている。夜、執筆をする時も、常に。
その指輪の意味を、古谷は決して語らないけれど。軽々しい意味で無い事は、分かる。
『必要無くなったら、ちゃんと俺が回収するから、気軽に受け取ってよ』
そんな事を、冗談っぽく言いながら。
「うさぎもコーヒーで良かった?」
うさぎがリビングに戻ると、丁度ケトルのお湯が沸き、古谷がドリップ式のコーヒー豆を準備している所だった。いつぞやの、古谷の手土産だ。コーヒー専門店で買ったそうで、とても香りが良く、うさぎも気に入って飲んでいる。
「はい。大丈夫です」
古谷はうさぎの指に光る物を確認し、満足そうにニヤける。
「あ!テレビつけて。今日の事件、やってるだろうから」
「はい。どのチャンネル見ます?」
「OH!バンデスにして」
「あ、はい」
テレビをつけて、ミヤギテレビを選択する。地方番組で、丁度、明日の天気予報が終わる所だった。コーヒーの良い匂いが漂い、部屋も少し暖かくなって来た。先にコタツに入って待っていると、コーヒーカップを二つ持った古谷も、コタツに入る。
『続いては、先程からお伝えしております、仙台市内沿岸で発見された、若い男性の遺体の件で、続報が入りましたのでお伝えします!』
テレビのアナウンサーが、いつもより少し早口で、手元に届いた資料を読み上げる。
「あ、丁度、このニュースですね」
『つい先程、時刻にして17時15分、仙台泉警察署に、事件に関与したと思われる未成年者3名が、保護者に伴われて出頭したとの発表がありました。繰り返します』
「お?犯人見つかったのか?」
17時15分頃というと、丁度うさぎ達が、図書館エントランスに集合していた時間帯だ。
「なら、明日の休校は免れそうですね」
「だな。泉警察署か。近いな。やっぱりS校の生徒だったのかなー」
「そうですね。やはり加害者被害者共、未成年者のようですので、詳しくは報道されないみたいですね」
ニュースでは、出頭して来た未成年者3名に、詳しく事情を聞いているとの事で締めくくられていた。
「こういうのは、SNSの方が、早いですかね」
うさぎはスマホを覗いてみる。事件についての呟きは、すでに乱立していた。
「 S校の男子生徒っていうのは、間違いなさそうですね。1週間前から、失踪していたみたいです」
「まあなあ。他にも、市内で失踪している高校生が、いるみたいだな。そっちはどうなった事やら」
「そうですね。あまり、気にした事、無かったですけど、未成年者の失踪って、よくある事なんですかね?」
「んー、そうねー。日本の年間行方不明者数は、だいたい8万人だったかな。で、うち10代は1万5千人くらいだったから、全体の18%くらいか?まあ、多いわな」
「そんなに、いるんですね。身近にいなかったので、あまり実感が、無かったです」
「まあなー。出頭して来たのも、若い奴らみたいだし、虐めの因果か、何か少年犯罪にでも巻き込まれたか。どちらにせよ、碌なもんじゃないわな」
「怖いですね」
「……不安なら、今夜は泊まって行こうか?」
「いえ、けっこうです」
「もう外行きたく無い。コタツから出たく無い」
「あ、雪降って来ましたね。どうりで寒いわけです」
「今日の晩御飯、何?」
「え?今日ですか?冷凍餃子を買って置いたのでそれと、余ったご飯でチャーハンにでもしようと思ってます」
「俺、中華、好きー」
「もしかして、あつかましくも、食べて行こうと、してます?」
「俺、中華、好きー」
「もー!食べたら、さっさと帰って下さいよ?」
「やったー」




