91 古谷先生
「ラッキー!私達、古谷先生が引率だって」
藤崎が嬉しそうに言って、うさぎを見る。
「じゃ、ウチで送ってかなくても大丈夫かな?」
マキの言葉に、うさぎは微笑んで頷く。
「はい。大丈夫そうです。心配してくれて、ありがとう」
「いいえー。ウチもそろそろ迎えが到着しそうだから、外で待ってるよ。じゃあね、また明日!……休校にならなければ」
「ホントだね。バイバイ。気をつけて」
「ん。そっちもね」
一足先にマキと別れを告げて、うさぎと藤崎は、古谷の元へ行く。集まってる生徒は、うさぎ達を含めて十人もいなかった。
「あれ?あんまりいないな」
「6丁目とか1丁目辺りの子は、近いからって、みんなさっさと帰っちゃったよ」
「クソガキどもめ〜」
「部活メンバーも、三年生は引退してるから、一、二年生だけだしね。しかも半分は寮生だろうし。あんまいないんじゃない?」
「ねえねえ、古谷先生、高森と寺岡、どっち方面から行くのー?」
「んー、どうすっかな。俺また学校戻んなきゃだから、寺岡回ってから高森でもいいか?高森のヤツいる?」
うさぎが手を挙げる。他は居なかった。
「あれ?高森方面って、猫だけ?」
古谷が首を傾げると、他の生徒が笑いながら答える。
「帰っちゃったかもね。みんなあの辺だとチャリだしね。男子全然いないし」
「もー!あ、そういえば、チャリのヤツいたら、今取ってきて」
「もうエントランスの前に持って来てるから大丈夫」
「オッケー。じゃあ帰るぞー」
ゾロゾロと総勢7名が、古谷の後ろについて行く。他の先生達も、それぞれの方面に分かれて声を掛けていた。手分けして送迎するらしい。
「こんなの初めてだねー。怖いねー」
「ねえ、古谷先生、明日も送ってくれるの?」
「明日の事はまだ決めてねえなあー。事件の内容によっては、明日は休校もあり得るからな。連絡アプリちゃんと見とけよ」
「やっぱやばい事件なの?殺人?」
「その可能性高いってさ。なんでも遺体に外傷があるとか。まだよく分かってないし、もしマスコミとか聞き回ってても、お前ら下手に相手にしたりすんなよー」
「しないよー。話す事ないし」
「よろしい」
前列の女子生徒達が、楽しそうに古谷と話しているのを、うさぎは黙って聞いていた。
「いいなー。早く人数減らないかな。私も古谷先生と話したい」
隣で、藤崎がヤキモキしている。少し顔を赤らめていた。
「そう、なの?」
「え?だって普通にカッコよくない?古谷先生」
「うん。そう、だね」
「彼女いるのかなー?」
「ねぇ、古谷先生って彼女いるの?」
藤崎にリンクするように、誰かが問う。
「おいおい。俺はお年頃の成年男子よ?いないわけないでしょ」
古谷は即答する。ここからは、後ろ姿しか分からなかった。
「えー?いるんだ!」
皆、色めき立つ。
「この間、クリスマスプレゼントで指輪贈った。石付きの」
「マジで!?え?結婚するの?」
「まだ。だってまだ空想でしか付き合ってないし」
「ちょっと怖い怖い!え?どゆこと?彼女二次元?それとも完全一方通行って事?」
「失礼だな。まだ現実には付き合ってないだけだって」
「ヤバイヤバイ!え?怖いって!付き合ってないのに指輪渡したの?ただのヤバいヤツじゃん!え?彼女は?その指輪どうしたの?」
「一応受け取ってくれたよ。重すぎて無理って、ドン引きされたけど」
「だろうなあ!?いや、良く受け取ってもらえたわ、むしろ」
「それな」
「その指輪、どうなってるの?今」
「彼女の家で、待機してるよ」
「それもう、見込みなくね?」
「捨てられてない限り、いつか日の目を見るかもしれない」
「メンタル鋼すぎない?」
「いいの。恋愛は自由でしょ」
「ストーカーで訴えられて、捕まんないようにね。今お巡りさん、いっぱい出歩ってるから」
「お前ら、言ってる事ホント酷いからな」
「え?彼女は?古谷先生の事、どう思っての?何か言ってる?」
「大人になっても、スマホゲームに課金してるような人はちょっと、って言ってる」
「ちょー!ウケるー!!」
緊張感などどこへやら。
「あ、ウチここ入ってすぐだからー!皆ありがと!やっぱちょっと怖かったから、助かったよ。古谷先生、皆んなの事お願いね!ばいばーい」
「おー。今日は外出歩くなよー。お疲れー」
古谷も緩く挨拶して生徒と別れる。一人、また一人と減って行き、残りは藤崎とうさぎのみとなった。
「うち、この道まっすぐいった所。すぐそこに、美味しいパスタ屋さんあるの知ってます?」
ようやく古谷と会話ができて、藤崎は嬉しそうに顔を紅潮させていた。
「あ、知ってる。デザートも美味いよね」
「そうなんですよ。今度一緒に食べに行きましょうよ」
「生徒にコース料理奢れるほど給料もらってないから。今度カルパス買ってあげるから、それで我慢しなさい」
「カルパス!なんで!?」
「子供はみんな大好きでしょ」
「ひどいー」
藤崎の家に着き、玄関前で別れを告げ、最後はうさぎ一人になる。
「ふー。疲れた。やっと二人きりになれた」
悪びれもなく、古谷は言ってニヤリと笑う。
「まさか、堂々と二人で下校できる日が来るとはな」
「びっくりですね。だいぶ、遠回りしましたが」
「なー。結構歩ったよな。さ、さっさと帰ろうぜ」
とは言え、ここからうさぎの住むマンションは、かなり近い。あっという間に着きそうで、うさぎは少し肩を落とす。
「これで手も繋げれば、最高なんだけどな」
無言で見上げるうさぎに、古谷はおどけてみせる。
「ただの願望呟いただけ。しないから、そんな睨まないで」
うさぎが怒っていると、思ったらしい。
夕日は沈み、辺りは暗い闇を落とすも。道沿いには煌々と街灯が灯り、並ぶ店々の照明も眩い。隠れて手を握るのは敵わない。
ー停電でも、起きなきゃ、無理だね。
うさぎは諦めて、いつもよりは間合いを詰めて、古谷の右横を歩く。古谷は相変わらず、寒そうに体を縮めて、いつもよりゆっくりな歩調で歩いている。
空を見上げても、この街から星を探すのは、困難だった。今宵は月も無い。街灯の光は、青くて寒寒しかった。




