89 完全なモノ
少女は、眠る様に死んでいた。
温かい湯船の中に身を浸しているので、死人とは思えぬほど血色がいい。だだ、おびただしい量の血が手首から流れているので、咽せるような悪臭が浴室内を満たしていた。手首の血は絶えずシャワーで流しているというのに、この臭いだ。
「美人でも、臭いものは臭いのね。なんか、がっかり」
浴槽のへりに腰をおろしながら、ナタニアはぼんやりと、もの思いに耽る。
でも、もうすぐ人ではなくなり、『完全なモノ』に成る。そうすれば、永遠の愛が得られる。それは、この少女が望んだモノでもあった。
「上手く、切れるかな。この子、思ったより、太い首してるのね」
手にした注射器を、丁寧に新聞紙に包んで捨てる。試した事は無いが、風呂で体温を上げてから注射すると、凄まじい高揚感を得て、痛みや恐怖を感じなくなるという。実際、少女は自ら手首を切っても、動揺する様子も無く、ぼんやりと流れる血を眺めていた。そして、眠る様に死んでいった。彼女が望んだ死に方だ。
ここから先は、私の望み。
「切れるかなー」
ネット購入したノコギリしか、道具は無い。
「始めよっか」
ナタニアは、永遠の恋人に微笑み掛ける。
「綺麗に、切ってあげるからね」
でも。
ー首から下は、どうしよう。要らないのよね。
ノコギリの調子が良ければ、四肢も切って、海に捨てて来よう。
それにしても、臭い。
何とも形容し難い、生臭さ。どれほど時間が経っても、この臭いに慣れる事は無かった。




