86 コンビニへ行こう
青少年会館に戻ると、すでにエントランスには、古谷達の姿があった。古谷は目が疲れたのか、鼻の上、眉間を指でほぐしながら、目を閉じている。隣で谷川も肩を回してほぐしている。
「お疲れ様です。解読作業の方は、どうでしたか?」
「おー、お疲れー」
うさぎが声を掛けると、古谷は振り返り笑みを見せてくれる。よく、目つきが悪いと谷川から笑われているが、うさぎは清涼感のある綺麗な目だと思っている。おそらく、やや近視なのだろう。遠くを見る時、目が細くなり眉間に皺がよるので、目つきが悪く見えるのだ。左目の下に、小さな泣きぼくろ。
「俺が担当してる書簡類は、思ったより保存状態が良いから、読み易いかなー。でも、細かいからなぁ。流石に目が疲れた」
「俺は資料関係だからかな、字が薄くて見づらい」
谷川も、渋い顔を作って見せる。
「書簡というと、手紙、ですか?」
「そ。俺が訳してたのは、江戸時代後期くらいの、役所から民家に宛てた書簡で、農地の相続どうするのか、兄弟に連絡取って早く決めてくれ、的なやつだった。今回の遺跡には、毛ほども関与してないな」
「まあ、大半がそんな感じだよな。お役所に残ってる書物なんてさ」
谷川の方も、大した重要な書類ではなく、当時の区画整備の草案だったとの事。それでも、江戸初期辺りの物という事で、中々に興味深く、うさぎは話しを聞いていた。
「小田先生と、七海さん、遅いですね」
マグロを外で待たせているので、うさぎは気になって様子を伺う。
「七海さんが調べてた、あれは古記録かな?なかなかすごい資料かもしれないってんで、今、上の人と話してる。小田先生も一緒だと思う」
「すごい資料、ですか?何でしょうね?ワクワクしますね」
穂積と太郎が、ほっぺたをピンクにして、目を輝かせる。
「私、マグロ見て来ますね。外、寒いので、古谷さんの車、借りてもいいですか?あ、マグロ、入れて大丈夫です?」
「全然オッケー。ついでに、コンビニで昼飯買ってくるか。この様子だお、外に食べに行く時間なさそうだしな」
「それもそうね」
古谷の言葉に、谷川も同意する。
「あ、じゃあ、自分行きますよ。皆さん、何食べたいですか?」
太郎が気を効かせるが。谷川が首を横に振る。
「いや、皆で行っておいでよ。好きなの選んで来な。ここは俺が残ってるから」
「オッケ。七海さんと小田先生のは、適当に買ってくるわ。谷川は?何がいい?」
「俺カレーがいい。辛いのあったら、辛いのにして」
「了解。太郎君、今回はマグロもいるから、俺の車出すわ。次何か用事あったら、そん時は宜しく」
「分かりした!よろしくお願いします」
太郎は元気に返事する。
「僕、古谷さんの車乗るの初めてです。大きいですよね?ランドクルーザーですか?」
「そ。雪道どこでも走れるから、雪国ではお勧め。維持費高いけど」
「車検高くつきそうですよねー」
「オメーのワーゲン程じゃねーわ」
谷川を残し、皆で移動する。外で待つマグロを迎えに行くと、嬉しそうに尻尾を振っていた。青少年会館の職員の方がしばらく相手してくれていたようで、ちっとも寂しく無さそうだった。職員の方に丁寧にお礼を言って、繋いでいたリードを外して引っ張ると、マグロは上機嫌で先頭を歩く。
「マグロさんは、寒くないんですかね?」
うさぎが問うと、マグロの代わりに隣で古谷が答える。
「一応毛皮着てるしな。羨ましい限りだ」
「古谷さんは、相変わらず寒そうですね」
「お前らは、外歩ってたくせに、ちっとも寒くなさそうだな」
「そう言われれば、ずっと外にいたので、慣れちゃいましたね」
穂積が言うと、太郎も頷く。
「自分、割と寒いの平気っす」
「お前らは、無駄にエネルギー有り余ってそうだもんな」
四人と1匹で車に乗り込み、坂道を降りてすぐの所にコンビニがあった。昼時なので、店内は混み合っていた。面々は手早く弁当と飲み物を選ぶ。
「青少年会館に、電子レンジありましたっけ?」
「あるある。あっためるのは、向こうでいいだろ。レジ混んでるし」
「じゃあ、小田先生達の、僕まとめて会計しちゃいますね。あとは個々人でお願いします」
「お、ほずみんサンキュー。助かるわ」
「古谷さん達にばっかり、頼れませんからね」
穂積は得意げに笑い、辛口カレーを三つと、自分用のカツ丼をカゴに入れる。どうやら全員、谷川リクエストの辛口カレーに合わせたようだ。
うさぎと太郎は、仲良くパンを選んでいる。
「古谷さんは、何にするんですか?」
カレーパンと焼きそばパンを握りしめたうさぎが見上げると、視線の先で癖のある猫毛が揺れた。長い首を傾げて、気怠そうに古谷はパンを選ぶ。
「チーズバーガーと、カツサンド」
「肉肉しいですね」
「俺はジジイになっても肉を食い続けると決めている」
「肉が好きだと、長生きするって、聞いた事あります」
「その為に大事なのは歯の健康。俺は27歳にして、一度も虫歯になった事がない」
「おお、すごい、ですね」
「何故なら、歯医者とか絶対無理だからだ」
「はい?」
「歯を削られるくらいなら、死ぬ」
「さっさと会計して、行きますよ」




