84 イシズ塚
岩森遺跡は、広大な森の中に突如出現する。周りは自然公園や墓地、城跡などが点在し、今回新たに出現した遺跡も、この森の中である。発掘調査は、範囲をさらに北部に移動し、追加調査が進められる事が決まった。
「この辺りじゃ、新しい遺跡の話題で持ちきりよ!何かすごい歴史的発見があるんじゃないかって、偉い先生達も言ってるんでしょ?」
話し好きそうなマダムが、意気揚々と教えてくれる。マダムが連れているチワワとマグロも、意気投合したようで、仲良くお尻の匂いを嗅ぎ合っていた。
犬の散歩に良さそうな、自然公園で聞き込みをしていたうさぎ達は、順調に話しを聞き進めていた。
「元から、何らかの言い伝えとかあったんですか?」
太郎がメモをとりながら尋ねる。
「そうねえ。私も嫁いで来た身だから、そこまで詳しくもないけど。イシズ塚の伝説なら、ちょっと有名かしらね」
「イシズ塚、ですか?」
「今回発見された遺跡の、すぐそばにある首塚よ。有名な蝦夷の戦士の首が埋葬されている山?みたいな?」
「蝦夷の戦士……そうか、ここは東北。ここは、蝦夷の邑だったんですね」
蝦夷とは、古代日本で、東日本に住み、中央の大和政権に服さず抵抗し続けた民族である。平安時代、征夷大将軍坂上田村麻呂が遠征で勝利し、東北を平定するまで中央との攻防戦は続いたとされる。
「イシズ様の伝説は、どこへ行けば詳しく知れますかね?」
穂積が尋ねると、マダムは眉を寄せて考え込む。
「うーん、どうかしらねー。この辺より、多賀城の、歴史博物館とかに行った方が、いいんじゃないかしらね。私達も、あんまり詳しくは知らないのよね」
「歴史博物館ですね。ありがとうございます!」
マグロは名残惜しそうだったが、マダムとチワワに別れを告げ、他を当たってみる。近隣住民は、イシズ塚の存在は知っていても、あまり詳しい歴史は分からないようだった。
「この辺はねぇ、確かに蝦夷の邑だったが、多賀城冊や郡山遺跡に挟まれてる事から分かるように、大和政権とも貿易が盛んで、両方の文化が入り混じっていたそうだよ」
老人ホームで出会った、歴史好きのが老人が、だいぶ詳しく語ってくれた。
「多賀城冊なら、有名だけどな。でもこの辺は蝦夷の文化色が強くて、男も女も皆、顔や腕に刺青をいれてたんだ」
「刺青?」
穂積が首を傾げると、老人達は愉快そうに笑って、詳しく教えてくれる。
「今の、ヤクザさんの刺青とは別物だよ。額や頬に、線や紋章みたいなの入れてな。かっこいんだよ。女の人も、口元に入れてたっつうよな」
「アイヌ文化と、似てますね、やっぱり」
うさぎが言うと、老人は頷く。
「やっぱ、アイヌの流れはあるべな。でも、アイヌ文化とも違うんだよ。アイヌ語も喋んねえし。言葉は、いわゆるずうずう弁だが、大和言葉の方が近いやね。文化も、大和文化が入って来てたし、多賀城が出来る頃には、稲作が主流になってたそうだしね。大和との交易も盛んだった」
「東北っつっても、この辺りや福島は、中央に近いからね。大和政権の影響は強く受けてるよ」
「なるほど。一貫して、蝦夷の勢力下にあった訳でもないんですね」
「んださ。奈良時代には農作が生活の基盤になり、天候や豊作を占う巫女様も現れた。アテラ様と言って、大層力のある巫女姫様だったらしいよ」
「アテラ様?初めて聞く名前ですね。先程の、戦士の名前は何でしたっけ?」
穂積の問いに、太郎はメモを見て答える。
「イシズですね」
「首塚のイシズ様は、巫女姫様を守る、最強の戦士だったらしい」
「そうだっけか?邑一番の戦士で、坂上田村麻呂に討伐されたんじゃなかったっけか?」
「違うでしょ。巫女姫様の為に、最強の戦士だったイシズの首を跳ねて奉納したんだろ?」
みんな言っている事が違かった。
「なんせ千年以上前の話だからね、色んな言い伝えがあるんだよ。何が正しいのか、誰も分かんねえ」
老人は、車椅子の上で降参と両手を上げる。
「だから今、専門家の先生達が、町の古文書や記録を、改めて精査するんだろ?新しい事が、色々分かるかもしんねぇ。俺は、今回見つかった遺跡は、アテラ様の神殿だと思うね。イシズ塚の側で見つかったんだから、間違いねえ」
そう言ったのは、先程イシズの首は巫女姫に奉納されたと語った老人だ。
「生きてる内に、本当の事が知りたいねぇ」
「俺らもそんなに長く持たねえから、早くしてもらわんとな」
「楽しみだねぇ」
老人達は、楽しそうにキャッキャと笑っていた。
イシズ塚は架空の遺跡です。




