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怪奇浪漫BOX   作者: 座堂しへら
シャマンの戯れ
83/267

83 岩森遺跡

 仙台市は、朝から雪が降っていた。ダウンジャケットを着て、マフラーとニット帽で身を包む男、古谷優生ふるやゆうせいは、細長い体を限界まで縮めて震えていた。


「さっむ」


「ほんと、寒がりですよね、古谷さん」


 同じくダウンジャケットとマフラー姿のうさぎは、寒さなど気にせぬ様子で、隣でプルプル震える男を見上げている。

 待ち合わせ場所は、自然公園。特に風除けになるような建物も無く、無情に風が吹き付けて来る。駐車場で待ち合わせて、車の中で待てば良かったと、古谷は悔やんだ。


「思ったより降るなー。七海ななみさん、大丈夫かな?」


 谷川颯太たにかわそうたは、この雪の中福島から車で移動して来るであろう七海の身を案じる。


「あー、じいちゃん今日は高速使わないで、下の道来るって言ってたから、時間掛かるかもなー」


「そっかー。無理させちゃったかな。悪い事したな」


 谷川は困った顔で空を見上げた。分厚い雲から、ふわふわと大粒の雪が無限に落ちて来る。


「お待たせー!みんな早かったわねー!」


「おはようございます!今日もよろしくお願いします!」


 小田ちなみ准教授と、小田の大学に通う学生の百瀬太郎ももせたろうが、少し遅れて一緒に到着した。


「まあ、俺たちは車で10分も掛かんないですからね」


 うさぎと一緒に古谷の車に乗って来た谷川が、笑って答える。


「あれ?穂積ほずみ君の車、駐車場にあったけどまだ来てない?」 


「まだ来てませんね」


 穂積圭吾ほずみけいごは東京から来ているが、雪を心配して前日に移動して来て、昨夜は仙台駅前のビジネスホテルに泊まっていた。ここからさほど遠くない。


「あ、じいちゃん来た」


 駐車場から続く歩道を見て、古谷が軽く手を挙げる。

 七海和美ななみかずみと、愛犬のマグロ。その隣に、穂積の姿があった。穂積は腕の中に、何か抱え込んでいる。


「おはようございます、皆さん。あったかいコーヒーとお茶、どっちが良いですか?」


「わふ!」


 穂積とマグロの挨拶は同時だった。二人とも、寒さになど動じてない様子だ。上機嫌に微笑んでいる。穂積はどうやら、公園入り口にあった自販機で、人数分の飲み物を買って来てくれていたようだ。


「おはよう。全員揃ったかな?」


 七海が、いつもと変わらぬ穏やかな口調で言って、皆の顔を眺める。


「おはよう、じいちゃん。ごめんな、雪の中」


 古谷の言葉に、七海は首を振る。


「心配いらないよ。福島は降って無かったからね。降って来たのは、白石しろいし辺りからだったから、それほど時間も掛からなかったよ」


「悪いわねー。どうしても今回は、古文書解読できるメンバーが必要だったからさー」


 小田が言うと、飲み物を配っていた穂積は目を丸くする。


「え?七海さん、古文書読めるんですか?」


「一応ね。私だけじゃないよ。ここにいる面々だと、小田先生はもちろん、優生君と谷川君も解読できるよ」


 お茶を受け取りながら、七海はのほほんと言う。


「ええ?そうなんですか?」


 これには、穂積だけでなく太郎も驚いていた。


「うさぎさんは?」


「まったく、読めません」


「だよね」


 つくづくこの人達は、何故専門職に進まなかったのだろうと、穂積は半ば呆れる。


「古文書って、どうやれば読めるようになるんですか?」


 太郎の問いに、谷川が答える。


「俺と古谷は、大学のセミナーで基礎を習って、あとは独学。七海さんは、通信教育の教材取って、一人で勉強したんですよね?」


「そう。結構高かったんだよ」


「うちの大学でも、夏季の短期講座で受講できるわよー。2年生から受講可能かな、確か。でも有料だから、受ける時はちゃんと調べてねー」


「え?そうなんですね。知らなかった。受けてみようかな」


 小田が言うと、太郎は嬉しそうに頷く。


「てことは?今日は古文書の解読をするんですか?」


 首を傾げた穂積に、小田は頷いて見せる。


「そう。この先の岩森遺跡いわもりいせきの近くで、新しい遺跡が発見されたのは知ってるわね。遺跡発掘の流れで、改めてこの辺りの集落の調査をする事になったのよ。発見された遺構いこうが、何のあとだったのかの追跡と、民衆文化の再調査。もともと、この辺りはさほど詳しく調べては来なかった地区だからね」


 遺構とは、建物の柱穴や溝など、土地に残った痕跡のことである。発掘調査で確認された遺構は、調査後には通常は保存のため埋め戻される。そのため、遺構は図面や写真などで慎重に記録をとる必要がある。

 今回は、たまたま自然公園の修繕と拡大で整地を進めていた際に発見された物で、今までにない大きな建造物跡である事が初期調査で分かったそうだ。発掘調査は粗方メドが立ち、今度はその情報を元に、古文書などを細かく調べて建造物の正体を突き止める事が目的で、市が古文書解読のボランティアを募ったらしい。そして、安心と信頼のZAIYAにも、声が掛かったという事だ。


「解読対象の書類は、この先の青少年会館に準備されてるから、解読メンバーはそこで作業。残りのメンバーは、地元住民への聞込み。地元に伝わる風習、伝承を聞いて回って。ZAIYAでも、独自の調査を進めて行くわー」


「ここ最近にしては、珍しく大きな調査になりそうだね。新たな遺跡発掘とは、胸が鳴るね」


 七海は嬉しそうに言って、マグロの頭をなでる。


「作業中、マグロさんは、どうするんですか?」


 七海と一緒に、犬のマグロが貴重な書類の置かれた青少年会館に入るのは難しいだろう。案じてうさぎが問う。


「私は調査分のコピーを取って、マグロと一緒に外か車の中で作業するつもりだよ」


「なら、地元への聞込み調査に、マグロさん連れてっても、いいですか?私も嬉しいし、マグロさんがいると、地元の方にも、話し掛けやすくなって、助かります」


 うさぎの言葉が分かるのか、マグロは嬉しそうに「わっふ!」と返事する。


「おや、マグロもそっちの方がいいみたいだね。お願いしようかな」


「やった。よろしくね、マグロさん」


「じゃあ、僕とうさぎさんと、百瀬さんが聞込みチームって感じですかね?時間どうします?12時にここ集合くらいで良いですか?」


 すっかりフィールドワークに慣れて来た穂積が、小田と時間を確認して、スケジュールを調整する。


「良いチームになって来たじゃない」


 嬉しそうに七海が言うと、谷川と古谷は「確かに」と頷く。


「君たちが大学生だった頃を、思い出すね」


「あの頃も、勢いがあって良かったよね」


染香そめかさんやあだっちゃんも、バリバリだったからな。まあでも、時が移ろい人が代わっても、変わらない物もあるな」


「それが人の営みって、やつなんだろうねぇ」



作中に出てくる岩森遺跡は架空の遺跡です。

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