82 プロローグ
「Shalom Chaverim
Shalom Chaverim
Shalom Shalomー」
「……またその歌」
ベッドの上で微睡んでいた空愛羅は、薄く目を開けて女を見た。女は機嫌が良さそうで、窓の側でネイルを塗って、光を当てて眺めている。お気に入りのエメラルドグリーン。いつだったか、故郷の海の色だと教えてくれた。
「知ってる?イスラエル民謡よ。さようなら友よ、また会おうって歌ってるの。ユダヤ人の歴史は、離散と終結の繰り返しだからね、昔も今も。だから、永遠の別れではなく、また会おう、なのよ」
「ナタニアは、故郷が恋しい?」
「いいえ。愛してるけど、全てを置いて来た国だもの。恋しくはないわ」
「愛と恋は違う?」
「違う。愛は永遠。恋は戯れ」
「よく分かんない」
空愛羅は不貞腐れたように、眉間に皺を寄せて、寝返りを打つ。
「お風呂にお湯を張ったわ。そろそろ始める?」
「うん。本当に、苦しくない?」
「眠ったように、逝けるみたいだよ」
「良かった」
「本当にいい?」
「いいの。もう、何もいらない」
空愛羅は、のっそりと起き上がる。何日も着続けていたセーラー服は、皺くちゃだった。
「愛があるわ」
その言葉に、少女は応えず、制服のリボンを外し、女に渡した。
「餞別。これくらいしか、あげられる物、無い」
「せんべつ?」
女は首を傾げる。流暢に日本語を話すが、まだ知らない単語もある様だった。少女は笑って、言葉を探す。
「贈り物。別れの印ってやつ」
「シャローム」
女は笑って受け取ると、永遠の愛を求めて、注射器を掴んだ。
第四章です。9時に続話をアップします。




