78 宇崎マニア
祭の後は、大館市に移動して、ビジネスホテルにチェックインする。ホテル代は、もちろん実費だ。それぞれ荷物を部屋に置いてから、もう一度外に出て繁華街に向かう。時計は10時を回っていたので、すぐ近くの居酒屋で夕食を取る事にした。下調べをしてくれていたのか、谷川が店へと誘導してくれた。
「珍しいんじゃない?谷やんがビジネスホテル押さえるなんて。いっつも、小洒落た旅館や民宿押さえてくれてるのに」
勢司の言葉に、谷川はバツが悪そうに頭を掻く。
「あー、今回は、ギリギリまで人数確定しなくて、早めに押さえらんなかったんだよ。時々あるよ。毎回豪遊ばっかしてると、藤井さんに怒られるしね」
「藤井さんって、ZAIYAの代表の、藤井真幸さんですか?」
突然話に食いついて来たさやかに驚きながら、谷川は頷く。
「そうだけど。どうかした?」
「谷川さん、藤井さんと親しいんですか?」
「いや、会えば挨拶する程度で、そこまで親しいわけじゃないよ。藤井さんは、あまりみちのくには顔出さないしね」
「え?そうなんですか?でも、小田先生とは、よく連絡取ってるんですよね?」
さやかが小田を見ると、小田は小さく首を傾げて、「まあねえ、一応報告はしないとだからねー。でも、アタシも接点と言っても、学会の時や大学の集まりで、顔を合わせる程度よ?藤井先生は、忙しくしてるからねー」
「最近、ワイドショーや夜のニュースで、よく顔見ますもんね」
「本も売れてるしね。口が悪いのが、世の中にウケてるのかな?」
ZAIYA代表の藤井真幸は、作家にして社会学者、フリージャーナリストと、いくつもの顔を持つ。また、民俗学界の権威、藤井昌典を父に持つ。年は32歳と若く、端正な容姿と辛口なコメントが世間にウケ、テレビのコメンテイターや御意見番として活躍する、人気の文化人である。
ー石井さんの話では、この藤井さんと、小田先生だけが、うさぎさんの正体を知る人物のはず。
「関東チームには、時々顔出してるって聞いたけど、斎木さん会ったことないの?」
さやかは普段関東チームに参加している。谷川に聞かれて、さやかは弱々しく微笑む。
「一度、お会いした程度で。お話しとかは、全然できませんでした。私、藤井さんを尊敬しているので、是非、じっくりお話ししてみたいのですが」
そう言って、何かを訴えるような顔で小田を見つめる。当の小田は、困った顔で染香と顔を見合わせる。
「難しいかな。藤井は、人の選り好みが激しいから」
そう言ったのは、染香だった。
「それって、私では、相手にされないって意味ですか?」
さやかは、少しわざとらしく、悲しげな顔で目を潤ませる。
「というより、ああ見えて、あまり社交的じゃないのよね。テレビではよく喋ってるし、そうは見えないでしょうけど」
「どうして、そんな酷い事言うんですか?一度しかお会いしてないですけど、とても穏やかで、優しそうな方でしたよ!」
少しイラついたような顔で、さやかは染香を睨む。染香は肩をすくめて、面倒臭そうにため息を吐くと、「まあ、確かにあなたには関係ないわね」と言って、それ以上藤井の事を語るのをやめた。それに対しても、さやかは意に沿わなかったようで、また苛立った顔をする。
「ほら、店着いたよ。まずは、腹ごしらえしよ。大人は、お酒飲んでもいいけど、うさぎさんと斎木さんには、勧めちゃダメだからね」
空気を変えようと、谷川はあえて明るい声で言う。店のドアを開けると、賑やかな声が飛び込んで来た。ニンニクの良い香りが漂い、空腹を刺激する。先程食べた焼きそばなど、どこかへ消えてしまった。
丁度席が空いたと言われ、一行はお座敷の部屋に通される。個室になっていて、落ち着いた橙色の照明が、心地良い。
「秋田はお水が美味しいから、美味しいお酒も多いのよねー。日本酒飲んでみようかなー。グラスで色々飲めるみたいよー」
酒好きの小田が、上機嫌だ。
「いいですね。僕も、飲んでみようかな」
穂積もウキウキと品書きを眺める。
「けっこう皆んな呑みそうだね。染香さんもいるしね。飲み放題にする?あ、うさぎさんと斎木さんは、ここはお金出さなくていいからね。のんべい達が出すからね」
谷川がキビキビと動き、一通りオーダーを済ませてくれる。すぐに飲み物が届けられて、小田の、簡単なお疲れ様の挨拶で乾杯をする。
きりたんぽ鍋を肴に、穂積が上機嫌に飲んでいると、勢司が声を掛けて来た。
「穂積さん、結構いける口?うさぎさんは、美味しいのいっぱい食べてね」
「勢司さん、お疲れ様です!今日撮ってた沢山の動画は、どうするんですか?YouTubeに上げるんですか?」
「ん?ああ。今日撮ってるのは、ZAIYAの研究資料としてまとめて、小田先生か谷やんあたりに渡すんだよ。あとは誰かが論文まとめて、総合資料として提出するわけだ。まあ俺も、無形文化財や、伝統芸能とかで良い映像が撮れれば、記録資料としてアップする事もあるよ。でも、個人でやってるチャンネルは、ZAIYAに関係無い、オカルトチャンネルだよ」
「へえ、そうなんですね。勢司さんは、どうしてZAIYAの活動に参加してるんですか?」
「まあ、誘われたからだけど、民俗学ってのに、最近興味が湧いたからかな。ほら、映画の『死霊の匣』あるじゃん?BOXシリーズってやつ。あれにどハマりしちゃってさー」
「ホラー映画ですよね。すごい流行ってますよね。僕も見ました」
穂積は、必死で平静を装った。危うく酒を吹き出す所だった。他でもない、BOXシリーズは、宇崎清流の代表作である。こっそりうさぎの横顔を盗み見ると、彼女はいつものポーカーフェイスで、カニをほじっている。
「あ、穂積さんも見た?映画、新作も見たかい?一作目とどっちが好き?」
「そうですね、僕は映画なら『魂の筺』が好きですね。人間の怖さと醜さが、もはや気持ち良いレベルですよね。悍ましさが心地いいって言うか、もう落ちるとこまで落ちてくれ、みたいな。まだ映画化されてませんが、僕は原作なら4作目の『虚空の箱』が一番好きです。あれ、実は『魂の筺』と世界繋がってるって、気付いてました?」
ーやばい!まずいと分かっているのに、自分の口が勝手に動く。だって好きなんだもん!BOXシリーズ!
「知ってる!乙橋は、絶対あの時の『名無し』だよ。だからハコの閉め方を知ってたんだ。そうでなきゃ、辻褄が合わない。偶然ハコを舐めるわけがないんだ」
勢司は少し興奮気味に、一気に語る。
「だとすれば、乙橋は知ってて瞳を見殺しにした事になる。愛してるなんて、真っ赤な嘘だったんだ。怖過ぎるだろ。こんな怖い話し、気付かない人は気付かず読んでんだわ。なんだったら、今でも乙橋って超イケメンくらいに思ってる訳だわ。この現実ももはやホラーだわ」
「ですよね。映画の後、ネタバレするんですかね」
言うだけで言って、穂積は青ざめる。それを采配するのは、穂積達有智館出版の仕事である。
「だよなー。でも、言わないでっても、思うかもねー。秘密にしてたい!コアなファンだけが、気付いてニマニマしてたい!」
ニコニコしている勢司の隣で、うさぎは無の表情で枝豆を食べている。
穂積は思った。
ー何だこれ。




